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掛け時計の修理(2016.10.24)

立派な掛け時計の修理に挑みます。重厚に縁取られた文字盤と、
ガラス窓に収められた振り子室から成る、伝統的な木製2ピース
構造をしています。振り子が途中で止まってしまうそうです。

 
 1.状態の確認

丁寧に木枠組みされたガラス窓を開けると、装飾の
施された振り子と、奥に時報用の音叉が見えます。


文字盤を覆うガラス円窓を開けてみます。
装飾的にデザインされた明朝体の数字です。
 

盤面左右にゼンマイの巻き上げ軸が2本見えて
います。機械式ゼンマイ・振り子時計かと思いきや・・


俯せにして背面を確認します。樹脂製(?)のカバーが
あり、その下のシールにリズム時計工業とあります。
 

カバーを開けて見ると、中にはクォーツ式ムーブメントが何とも退屈そうに
納まって
います。旧式デザインを踏襲した電子式クォーツ時計です。
 


振り子駆動や音叉による時報機能を併せ持った特殊な
ムーブメントで、UM-1乾電池を1個使用します。
 

乾電池をセットして動作を確認します。クォーツ発振で
駆動される小さなマグネットローターが動いています。
 

振り子が振れ始めましたが何となく元気があり
ません。しばらくすると確かに止まってしまいます。

 

毎時・毎30分時に指針を合わせてみるも、
時報が鳴りません(時報系機構が動作しない)。

 
 2.ムーブメント取り出し

ムーブメントを取り出すには、先に文字盤側から
指針を取り外しておかなければなりません。
 

固定ネジに続いて、長針と
短針を丁寧に抜き取ります。
 

背面側からドライバーを入れて、予め
ムーブメントの固定ネジを緩めておきます。
 

ムーブメントから配線されている時報
ON・OFF用スイッチも取り外します。
 

ムーブメントから突き出た軸の根元は、
留めネジ(ブッシュ)で固定されています。
 

文字盤面に傷を付けないよう慎重に作業
します。ムーブメントが抜けていきました。
 

ムーブメントを取り出します。奥にある
音叉ハンマーを駆動するリンクも外します。

 

横幅100mm前後もある
大型のムーブメントです。

 
 3.ムーブメントの動作点検

取り出したムーブメントに再度乾電池を
セットして、動作を詳しく調べます。
 

振り子を吊り下げていない状態で
アームは軽快に振れています。
 

時報ON・OFFスイッチの端子間で電圧を確認します。
スイッチOFFでは乾電池の電圧約1.5Vが出ています。
 

ON(導通)にすると電圧は出ないはず
ですが、僅かにメーターが振れています。
 

スライドスイッチに接点の劣化があるようです。
念のため潤滑剤を吹いて復活させておきます。
 

ムーブメント本体を分離させます。
周囲4か所で爪が嚙み合っています。
 

時報ON・OFFスイッチへの配線をくぐらせ
ながら、本体背面側をゆっくり引き上げます。
 

本体背面側はカバーだったようです。コイル・マグネットローター周りのパーツと
時報系機構の駆動スイッチが実装され、その下にもう1枚プレートが見えます。
 

駆動スイッチをON・OFFする突起は
プレート下のレバーから出ています。
 

ピンセットで駆動スイッチを強制的にONにします。
が、モーターは始動せず時報系機構が動きません。
 

モーター軸のピニオンを突いて
みると、にわかに回り出しました。

 

スイッチの接点が劣化している可能性があり
ます。ペーパーを入れて軽く研磨します。

 
 4.音叉駆動モーターの不具合

モーターの状態も疑わしいところ
です。取り外して点検します。
 

モーターの端子は基板に直接半田
付けされているので吸い取ります。
 

手前の押さえを広げながら
少しずつ持ち上げます。
 

取り出してみると綺麗なままです。
極性を間違えないよう「UP」と記しました。
 

指先でピニオンを回転させてみると・・
小型3極モーターにしては固いです。
 

分解すると調子を損なう可能性が
あるので、隙間から潤滑剤を入れます。
 

グリスが固着したか錆が生じていたのか、
潤滑剤により非常に軽く回るようになりました。
 

ウォームギヤと次段の平歯車が空転しています。
カバー側に突起が成形されており、軸を押さえています。
 

この突起か軸受側の溝が微妙に
摩耗しているのかも知れません。

 

摩耗分の補修は厄介なので、せめて
プラ用グリスを多めに入れておきます。

 
 5.振り子駆動コイルのトラブル

ここまでの作業では、まだ振り子が停止する原因に辿り着いていません。
振り子取り付け部の付け根にある白い樹脂製パーツを点検していると・・
 

本体底に潜り込んでいる基板下部を点検する
には、やはり内部プレートを外さねばなりません。
 

白い樹脂製パーツは極細のエナメル線を2組
巻きつけたコイルで、4本のリードが出ています。
 

各コイルの片側リードを共通とし、計3本となって基板に
配線されています。そのうち単独の1本が切れています。
 

2組のコイルは振り子位置の検出用と、マグネットに作用
する駆動用でしょう。状況からして前者が断線しています。
 

断線箇所がコイルの根元ではなく、多少長さを残していたのが幸いです。リードの端に細い
銅線(径0.2mm弱VVFケーブルの心線)を継ぎ足します。リード径はその1/3以下です。
 

銅線の他方を基板のランドに半田付けします。
コイルのリードが折れて切れないか緊張します。

 

他のリードもほぼ空中配線です。周囲に瞬間
接着剤を流し込んで配線ごと固定します。

 
 6.回路基板の損傷

バッテリーホルダーに延びている基板の端に深刻な腐食が
あります。かつて乾電池の液漏れに曝されたのでしょう。
 

反対の+側金具からの配線も
いつの間にか断線しています。
 

基板の端部分は復旧不能です。バッテリーホルダーから
別系統で配線します。心臓の冠動脈バイパス手術です。
 

別系統配線を上手く収納しながら
内部プレートを元に戻します。
 

マグネットローター周りのパーツを元に戻して、本体背面側と合体させ
ます。バッテリーホルダ内に配線が露出しますが許容範囲内とします。

 
 7.本体クリーニング作業

機構的な問題は何とか解決しました。
折角ですから外装をリフレッシュします。
 

文字盤表面のうっすらした汚れを拭き
取り、ガラス丸窓も磨き上げます。
 

ガラス丸窓の真鍮製窓枠です。長い年月を
経て光沢を失い、表面が荒れ始めています。
 

金属研磨用ケミカルを使い丹念に研磨します。
強固な酸化膜を落とすのは容易ではありません。
 

完全にひと皮剥けて、ブラスの
眩い光沢が復活しました。
 

一部深く入り込んだ傷は除去できませんが
ほぼ全体が鏡面状態を取り戻しています。
 

自動車用のクリアスプレーを吹き付けておきます。
汚れの付着を防ぎ、真鍮材表面の酸化を抑制します。
 

振り子収納部のガラス窓も、内外
から汚れを丁寧に拭き取ります。
 

汚れでくすんでいたガラス窓が
透明感と輝きを取り戻しました。
 

本体外装は天然木が美しく加工された工芸品のような
風合いです。劣化の進んだ塗装面をワックス処理します。
 

乾燥を待ってワックスを2重掛けします。
落ち着いた光沢が戻ってきました。
 

左右の前面稜線に沿って塗装の
剝げ落ちた跡が見られます。
 

フローリングのスクラッチ修復用の
タッチアップペンを利用します。
 

うまく近似色を選ぶことで、傷はほとんど目立たなくなります。
タッチアップはワックスに溶けるので、ワックス処理の後で作業します。

 
 8.組み立て~修理完了

ムーブメントを本体内に戻します。時報ON・OFF
スイッチへ配線し、音叉駆動用リンクを取り付けます。
 

ほぼ新品状態に再生した
ガラス丸窓を元に戻します。
 

文字盤の右側に蝶番を
しっかりねじ止めします。
 

留めネジ(ブッシュ)をねじ込んで
ムーブメントの軸を固定します。
 

短針・長針の順に取り付けて
最後に固定ネジを締め込みます。
 

時報との関係で指針の位置を決まます。
しかし、軸に切り欠きがあるので簡単です。
 

毛細血管のようなコイルの接続やバイパス手術など
外科のような治療を経て掛け時計が復活しました。
 

振り子が元気に往復しています。ひと晩
様子を見ましたが停止することはありません。
 

金属部分の輝きと落ち着いた風合いの木部が
伝統的な掛け時計の懐かしさを伝えてくれます。
 

クォーツ式ムーブメントが、機械式とは比較にならない正確な時を
刻みます。本格的な音叉から重厚な時報が聞こえてきました。

 
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