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SINGERミシン MERRITT EX8200(2017.9.1)


「ミシンは女性が使うもの」など言おうものなら時代錯誤も甚だしいところですが、今も
「ミシンの扱いに詳しい」のは女性であり、修理のご依頼は女性の方からばかりです。
学校の家庭科室には大概何十台ものミシンが備わっていて、ミシンメーカーから毎年
サービスマン(必ず男性)がやってきて、丸1日かけて整備してくれたものです。ミシン
独自の奥深く優れたつくりに敬意を表しつつも、純粋に機械の修理として挑みます。

 

SINGER製MERRITT 8200EX電子式ミシン。SINGER社は1851年創業、
世界大戦中には兵器を製造し発展・多角化してきた米国企業です。日本では
株式会社ハッピージャパンが営業業務を担っています。会社の買収や統合に
よるものでしょうか、残念ながら8200EXに関する情報は提供されていません。



電子式と言っても、コンピュータミシンが登場する以前の
電気的速度制御式であり、パターン制御は機械式です。

 

製造年は不明ですが、コンピュータミシンの登場を
予感させる洗練されたデザインを纏っています。

 

面板を開けます。かつてのオーソドックスな
構造ですが、細部は現在のミシンと異なります。

 

不具合は「下糸が絡まる」と聞いています。実際に縫って
みると、確かに下糸がほつれて縫合が成立しません。

 

補助テーブルを外し釜カバーを開けます。
縦釜方式でボビンケースが見えます。

 

ボビンケースごとボビンを引き抜きます。
左右の爪により中釜フタが固定されています。

 

釜カバーを開けた開口部から内部を
覗くと、下糸の駆動系が埃まみれです。

 

取りあえず掃除機を当てながら、
できる範囲内で埃を吸い取ります。

 

ミシンと言えばミシン油。全面的に注油
されているため、埃が集積しがちです。

 

本体を横倒しにして、底面から
内部に直接アクセスします。

 

底面カバーの固定ネジを緩めます。
先に補助テーブル下の2本。

 

続いて支柱部下の2本を緩めます。
カバー右辺は爪2本による篏合です。

 

樹脂製底面カバーが外れてきます。
モータと制御基板が見えます。

 

取り外した底面カバー内に小さな止めネジを1個
発見。どこからか脱落・落下したものでしょうか。

 

布送りおよび下糸駆動系の機構です。
掃除機とブラシで埃を徹底的に取り除きます。

 

下軸の最終段ギヤを点検します。ミシンの手入れは基本的に掃除と
注油です。調整基準データがない場合、また経験のある専門業者でも
ない限り、リンクやカムの不用意なタイミング調整は避けるべきです。

 

最終段の曲りば傘歯車がグリス
切れを起こしています。補充します。

 

歯車やカムの低速噛み合わせ部はグリス、比較的
高速の摺動部や軸受にはミシン油を用います。

 

先ほどの埃の集積状況からして、長い期間
注油等のメンテはなされていなかったようです。

 

水平送り軸の軸受に注油します。全体的に注油・グリス
アップを行い結果を見る価値が大いにあります。

 

制御基板を倒すと、陰に隠れて
いる下軸の他端軸受が見えます。

 

摺動部の隙間にミシン油を少量入れます。
入れ過ぎは埃を集積させるので注意します。

 

中釜への注油は使用の度に行うよう、ほとんどのメーカーが指定しています。しかし、
布地に油汚れが付着する心配があるので、あまり積極的には注油されないようです。

 

中釜フタ・中釜を取り出し、内部を
丁寧に清掃し軸受に注油します。

 

水平送りのカムとレバーの
接触部をグリスアップします。

 


こちらのアニメーションは釜の動作を分かりやすく説明しています。下糸が上糸に絡む様子を確認することができます。
https://www.juki.co.jp/jp/muse/sew/anime02.html より引用
 

次に、針板を外して内部の状態を点検
します。ミシン針と押さえを外しておきます。

 

送り歯を固定しているネジを緩めます。本体アームと
ヘッドに阻まれ、柄の短いドライバが必要です。

 

下糸がほつれるなど、不具合を起こしている可能性の高い原因を見つけました。
送り歯の隙間に埃がぎっしり詰まっています。垂直方向に針板のスリットを
くぐり抜けることができず、布地を正確に送ることができなくなります。

 

詰まっている埃を丁寧に掻き
出しました。かなりの量です。

 

他に送り歯に損傷等はありません。
元の位置に取り付けます。

 

送り歯の固定用ネジ穴にはかなりの遊びがあります。
写真では針板に対して右側に寄り、接触しています。

 

ネジ止め位置を微妙に調整し、
送り歯をスリット中央にセットします。

 

本体上部、アーム内部も点検します。
固定ネジを緩めカバーを外します。

 

内部は機械部品の塊のようです。
下軸周りほど埃の集積はありません。

 

カムが複雑に組み合わされてパターン縫いの機構が構成されています。パターン
選択ダイヤルを回すことで、パターンに合うカムがセットされます。限られた空間に
広がるアートのように見えますが、間もなくプロセッサの登場で光景が一変します。

 

低速の摺動部等はグリスアップ、
ただしカム板は注油を避けます。

 

上軸から下軸を駆動する
クランク軸受部に注油します。

 

ヘッド内部の点検作業に進みます。各部品の実装
密度が高く、部品構成の把握が簡単ではありません。

 

奥まったところに軸受や摺動部が組み付けられて
おり、ピンセットの先でミシン油を送り込みます。

 

針棒の振れを制御する駆動部品が奥深くに
見えます。ここまでは手が届きそうにあり・・

 

ライティングの方向を変えると、ようやく
届いているピンセットの先が見えます。

 

手元を照らすランプです。小さな白熱電球が
使われていますが、発熱で火傷しそうです。

 

口金がE12相当の昼光色LEDに交換します。
若干暗くなるものの、発熱の問題は解消します。

 

ここまでの修理(整備)を終えて、試し縫いをして
みます。工房には試し縫い用の布地がありません。

 

古いハンカチを1枚潰します。今回も家で
奥さんから縫い方の指導を受けながらです。

 

すんなり最後まで縫い進んでしまいました。幾分
機械音が静かで滑らかになっているように思います。

 

問題なく綺麗に縫えています。色の薄い
生地に白糸では縫い目が確認し難いです。

 

ハンカチの縁部分を縫ってみます。
はみ出さずに縫えるか心もとありません。

 

やはり綺麗に縫えています。裏側、
すなわち下糸はどうでしょうか。

 

大丈夫です、下糸がほつれることも絡まることもなく、しっかり縫えています。
ミシン掛けと縁のない立場なので、この程度で「修理した」と言い切れませんが。

 

その後、黒地の布を見つけたので、縫い目の送りを4段階に変えながら、さらに試し縫いを
行いました。柔らかい布地のせいか、細かい送りで布がよれていますが、いずれも上下糸
ともしっかり縫えています。布がよれる原因は糸調子の調整が正しくないのか、そもそも
縫い方が下手なのか、そうなると基本からミシン掛けの勉強をしなければなりません。

 
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