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フランツヘルムレのムーブメント(2018.5.30)


ハイド社製機械式置時計の修理から2年半、秋田にお住いのご年配の方から、同様の
置時計修理のご依頼をいただきました。工房WEBで修理の記事をご覧になったようです。

 

時計専門店で既に修理を受けたそうです。が、結果が
思わしくなかったようで、工房に声をかけて下さいました。

 

到着した修理品はこの通り、緩衝材を介して
2重の段ボール箱に厳重に梱包されています。

 

ご依頼主がどれだけ大切にされて
きたか、手に取るように分かります。

 

ドイツ、フランツヘルムレ(FRANZ HERMULE)社製、
木製キャビネットが美しい音叉内蔵の置時計です。

  

FRANZ HERMULE社は、ドイツ南部
ゴスハイムで現在も続く時計メーカーです。

 

木製置時計は数十万円、木製掛時計では数百万円もする
高級品です。伝統の機械式ムーブメントも扱っています。

 

手前のガラス窓を開けます。ハイド社同様に精緻かつ
優雅にデザインされた文字盤が取り付けられています。

 

背面側に回り裏蓋を開けます。隅々まで
丁寧に木材料が加工されています。

 

ムーブメントが現れました。ハイド社の
製品とほぼ同様の構造・機構です。

 

裏蓋の内側に貼り付けられているプレートは
製品の販売店(Charter House)のようです。

 

8本の音叉とハンマーが、切り替えにより
3曲のチャイム音を厳かに奏でます。

 

ムーブメントを取り出さないことには、手の
入れようがありません。まず長短針を外します。

 

長短針を押さえている
化粧ナットを外します。

 

先に長針を抜き取ります。変形
させないよう細心の注意を払います。

 

続いて短針を外します。固く嵌まり込んでいる
ので、変形させないよう徐々に引き抜きます。

 

再び背面側に回ります。表面に傷を付け
ないよう、フェルトを敷いた上で作業します。

 
 
ムーブメント本体の4隅に取り付けられたステーを
介して、木製キャビネットにネジ固定されています。

 
  
ステー1か所につき3本の木ネジが
使用されています。全て緩めます。

 

ハンマーを引っ掛けないよう、注意深くムーブメントを取り出します。
全体的にほとんど汚れもなく、真鍮材が美しい光沢を放っています。

 

2年半前、メカニズムの複雑さに圧倒された
ことを思い出します。今回は、そうでもありません。

 

メカニズム(機能・性能)が完成域にあることは当然です。
加えて、その精緻なデザインは芸術の域に達しています。

 

不具合の原因を探ります。時刻が進んだり遅れたりを
繰り返し、最後は週に50分も遅れるようになったそうです。

 

時刻駆動用ゼンマイからテンプまでの歯車は3・4段です。
噛み合わせや軸受の潤滑が及ぼす影響は知れています。

 

進み・遅れを繰り返しながらも時を刻み続けているのだから、テンプの動作不良が
主な原因であろうと推測されます。テンプを取り出し点検します。ハイド社製と同じ
「吊りテンプ」方式です。前回はテンプ内の吊りワイヤー(ピアノ線)が切れていました。

 

外観的に特に損傷はありません。しかし、
指で触れると全体が油まみれです。

 

テンプの動きを改善しようとして注油したのでしょうか。
テンプ周辺への注油は好ましくないと思います。

 

油が埃を集積・固着させることで、テンプの動きを阻害する
からです。エタノールを注しながらウェスで拭き取ります。

 

吊りワイヤーが通るシャフト(パイプ)の内部が最も
心配です。油が粘性を帯びると深刻な抵抗を生じます。

 

シャフト端からエタノールを注ぎ込み、
ストローで軽く息を吹き込んで洗い流します。

 

油汚れが落ちてサッパリしました・・、と
眺めていた時、全く別の問題に気付きました。
 

テンプの回転シャフト(パイプ)の下端が、下側のフレームに接触しています。
「吊りテンプ」ですからテンプは宙に浮いていなければなりません。宙吊りにする
ことで回転抵抗を限りなくゼロに近づける点が、吊りテンプの画期的アイデアです。

 

シャフト下端が明らかにフレームに乗り、金属
材料どうしが擦れ合いながら回っています。

 

製造元に問い合わせ高額な補修用交換部品を取り
寄せるべきでしょうが・・、別の方法で「何とか」します。

 

元通りテンプを宙吊りにすれば良いわけです。テンプを吊り上げるコイルスプリングが、
金属疲労により僅かに変形(伸長)したのでしょう。従って、中央の折り返し部分に力を加え
上下方向に縮めてやります。極薄のバネ用特殊鋼板は、応力に対する塑性変形域が極めて
狭く、呼吸を止めながらピンセットに加える力を調整します。一瞬の力の入れ過ぎが精密な
スプリングを破損してしまいます。根気よく繰り返し力を加え続けた結果、浮き上がりました

 

ムーブメント本体に戻します。テンプの
回転の仕方が明らかに軽快です。

 

時刻駆動用ゼンマイからテンプまで数段分の
歯車軸受部に、ここで最小限の注油をします。

 

外観的に他の不具合個所がないので、ここで時刻の校正
作業に入ります。1回あたり1~3日、数回繰り返します。

 
 
景品とはいえクオーツ時計、正確さは機械式の比ではありま
せん。3日前正午に開始した時刻が2時間以上も遅れています。

 

この爪を操作することでコイルスプリングを回転させ、
テンプがガンギ車と噛み合う位置を僅かに変えます。

 

本体表パネルに「+・-」の刻印があります。爪の
移動方向と時刻の進む・遅れるを表しています。

 

爪の位置に調整を加えながら、既に2週間以上
作業を続けてきました。ようやく安定してきました。

 

3日と2時間でこの時刻表示です。指針式のアナログ
時計なので、目で読み取れない誤差は許容範囲内です。

 

ムーブメントを元に戻します。キャビネットが木材で堅牢に組み立てられているのは、
音叉の音色を美しく奏でるためでもあります。定時の時報が楽しみでもあります。

 

キャビネットに収まった状態でも
校正作業を数回実施します。

 

あらためてゼンマイを巻き上げ、実際に
室内で使用される状態で様子をみます。
 

数日間、音叉の奏でる深いチャイム音を楽しみながら時刻を
確認します。ゼンマイの巻き戻り近くで多少遅れる程度です。

 

ご依頼主にお戻しする日が近づいてきました。
最後にキャビネットの外装を簡単に補修します。

 

塗装が劣化してきているので、保護用にウッドワックスで全体を磨き
上げます。時々布で拭き上げてもらうと、品の良い輝きが持続します。

 

修理作業の完了です。本当に正確な時を刻むか、ご依頼主の元に戻し元の環境下で動作
させてみないと分かりません。コイルスプリングの疲労がスプリング長の変化を生み、宙吊りに
なるはずのテンプシャフト下端がフレームと接触しながら回転していた・・。今回の修理で
工房が把握できた論拠です。視野に入らない奥深い問題が、まだあるのかも知れません。

 
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