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ポップアップ?トースターの故障(2019.6.11)


「ポップアップトースター」を修理して欲しいと、ご依頼主からの連絡です。パンが
焼けるとポップアップ、つまりパンが飛び出てくるからなのでしょう。で、不具合は
ポップアップしない、焼き上がってもパンが飛び出してこない・・、そうではなくて
レバーを押し下げてもロックされず、トースター内にパンを引き込めません。

 

本体横に「Russell Hobbs」と刻印があります。
英国のブランドでラッセルホブス社の製品です。

 

レバー側の下に調整ツマミ・ボタンがあります。実にオーソ
ドックスなトースターで、製品名はクラシックトースターです。

 

底面を確認します。外側を囲むグリルの
一部が破損して(割れて)います。

 

輸入販売を行っている会社名が記載されて
います。英国製といえども製造は中国です。

 

押し下げたレバーが止まらない・・、レバー周りの
何か金具部品のようなものが変形でもしたのでしょう。

 

安直に考えを巡らせつつ、本体の分解を進めます。
電源コードのホルダー固定に特殊ネジが使われています。

 

使用者が分解できないようにする対策でしょう。
適合するビットを取り付けてネジを緩めます。

 

分解するにつれ、内部から大量のパンくずが落ちてきます。
何百枚・何千枚のトーストを焼き上げてきたのでしょう。

 

底部カバーと金属製の上部を分離します。底部外周のグリルは
おそらく本体を落下させたのか、完全に破断しています(手前)。

 

作業がパンくずまみれになりそうなので
一度掃除機で吸い取っておきます。

 

電源コードを外します。汚れが
入りにくい丁寧な作りです。

 

レバーを引き抜きます。きつめに差し込ま
れているのでドライバーの先を使います。

 

焼き加減調整用の
ツマミも引き抜きます。

 

「冷凍」、「ポップアップ」のスイッチボタンを
外します(実際は外す必要はありません)。

 

本体内部に差し込まれている
スイッチ基板を外しておきます。

 

金属製の本体外側と、内部の発熱機構部を分離します。
レバーやプレートの端が引っ掛かり簡単ではありません。
 

ポップアップ機構は簡単な機械式などではあり
ません。電子的な制御回路を内蔵しています。

 

レバーを下げると、フック等が引っ掛かる方式ではなく、
鉄片が電磁石に吸い付いてロックされる仕組みです。

 

しかし、通電状態で操作しても
鉄片が全く吸い付きません。

 

ドライバーの先を当ててみると
電磁石が磁化されていません。

 

この制御回路に不具合があるとすると
かなり厄介な修理になります。

 

点検のため可変抵抗器や
基板を取り外します。

 

基板上には2個のロジックICが搭載されています。タイマーにより加熱時間を正確に
制御することで、焼き加減を調節しているようです。恐れ入ります。外見的に特に
部品の劣化・損傷は見当たりません。また簡単に壊れそうな回路でもありません。

 

配線パターン側を点検します。やはり高温に
晒されるためかパターンの劣化が進んでいます。

 

通電状態で回路に電圧が加わって
いるか確認します・・、加わっていません。

 

何故回路に電圧が加わらないのか
電熱線パネルを分解して調べます。

 

2枚の食パンを両端と中央3枚の電熱線
パネルが挟みます。端のパネル1枚で・・

 

パネルに巻き付けられている電熱線が
下の方で断線し、一部がなくなっています。

 

断線した電熱線の途中にハトメが打たれて
おり、そこから電線が引き出されています。

 

制御回路を動作させる電源は、電熱線の途中から電線を引き
出すことで電源電圧を分圧して作り出しています(A-B間)。

 

電熱線の欠損部分を、汎用の電熱線を利用して
補います。テープ状の電熱線は入手困難です。

 

抵抗(発熱)特性が異なりますが、
長さが限られるので支障ないでしょう。

 

欠損部分を補うように
左右に往復させます。

 

切断端との接続は針金
細工のように絡めておきます。

  

マイカ板の端で折り返し
裏側に引き込みます。

 

ハトメに元の電熱線が
僅かに残っています。

 

何とか絡めて接続します。失敗
した場合はハトメを打ち直します。

 

通電状態で電熱線に加わる電圧を確認
します。両端(A-C間)はAC100Vです。

 

制御回路用に途中から引き出した(A-B間)
電圧を確認します。AC10V程度です。

 

これで動作するはずですが、確認
すると基板に電圧が加わっていません。

 

電源の接続部分を
注意深く観察すると、

 

半田付けが浮いています。メーカー品なのに
何故このようなトラブルが起こるのでしょう。

 

不完全な半田付けを
いったん除去します。

 

あらためて電源のコードを
丁寧に半田付けします。

 

制御回路を元に戻し動作確認を行います。不具合の原因を特定し
必要な修理を加えたので、これで正常に機能するはずです。

 

甘くありません、まだ動作しません。
電磁石が十分に磁化されません。

 

原因は回路に加えられている電源電圧が十分
ではないからです。分圧が適切ではないようです。

 

代用した電熱線の抵抗特性が異なる(抵抗が小さい)
ためです。ここで全く別の解決方法を採ります。

 

反対側の電熱線パネルから
電源を取ることにします。

 

分圧を取り出している配線(B点)を
切断し、反対側へ引き回します。

 

耐熱チューブを被せながら
フレームの隙間を通します。

 

穴の位置などフレームの構造は全く同じです。
電熱線パネルにも同じ位置にハトメ用の穴があります。

 

配線の先端に圧着
端子を取り付けます。

 

ハトメではなく同径の
ネジで固定します。

 

内側にワッシャを入れて分圧を取り
出す電熱線に接触させます。さて・・

 

通電した途端、制御回路がを噴きます。やってしまいました! こういう場合、
何故か瞬間的に原因がひらめきます。分圧を取り出す端子(A-B間)を、A-C間と
取り違えたためです。90V前後の電圧を回路に加えてしまいました。レギュレーターに
なるTRが完全に焼き切れています。周囲にも延焼が及び、抵抗類も巻き添えです。

 

ロジックICも無事である保証はありません。
4060・4066と汎用のICではありますが。

 

何としてでも工房の責任で修復せねばなりません。
まずTRを交換します。5609は汎用のNPNです。

 

Ic1A程度のNPNを選びます。
2SC2655が手に入りました。

 

焦げていても隣の抵抗器は無事です。
ロジックICに電圧が加わっていません。

 

供給電圧を決めているツェナーダイオードが壊れて、両方向とも
導通状態です。交換は簡単ですが刻印がなく電圧が分かりません。

 

ロジックICを動作させるので5V前後かと思いますが、
電磁石を駆動するには10V近くまで必要かも知れません。

 

回路途中から直流電源を接続してテスト
します。工房在庫の5.1Vでは・・ダメです。

 

5.1Vと3.3Vを直列にし
8.4Vで試してみます。

 

ロジックICには電圧がかかり
正常に動作しています。
 

鉄片が吸着するようになりました。
回路を復旧させることに成功です。

 

本体を組み立て、実使用の
状態で動作確認します。
 

レバーを引き下ろします。以前はロック
されず元に(上に)戻っていました。

 

制御回路により電磁石に通電し
鉄片を吸い付けてロックします。
 

試しに「ポップアップ」ボタンを押してみます。
加熱を中断してレバーを戻すボタンです。

 

電磁石の通電を切ることで鉄片が
離れ、レバーが元に戻ります。
 

周囲が熱くなってくるので電熱線が発熱している
ことは分かりますが、実際にパンを焼いてみます。

 

レバーを下げてパンを引き入れます。
レバーのロックは確実に機能しています。
 

内部を覗き込むと、欠損していた部分に当てた電熱線だけが赤熱しています。
抵抗(発熱)特性が異なるので、そこだけ赤熱温度に達しているためです。

 

しばらく待っていると、タイマーが切れてロックが
解除されレバーが上がります(ポップアップ)。

 

焼き加減を最小にしているのでほとんど
焦げ目が付かず、パン全体が温まる程度です。

 

焼き加減として正常に機能しているので
しょうか。実際に焼き時間を計測してみます。

 

ストップウォッチを用意しレバーを
下げると同時に計測を始めます。

 

丁度2分でレバーが戻りました。電子回路による
タイマーなので正確に制御されているようです。

 

先ほどの2分に続けてさらに2分、計4分の
加熱でこの焼き色です(私の好みです)。
 

最後にクロムメッキの本体を綺麗にします。
柔らかい布に金属用研磨剤を付けて磨きます。

 

研磨剤が広がると一時的に
表面が曇った状態になります。
 

綺麗な布に交換して磨き直すと、曇りが消えて光沢が蘇ります。
パンくずには参りましたが、ほとんど傷もなく良好な状態です。

 

基板が火を噴いた時はどうしようかと思いました。接続を間違えなければ
制御回路の復旧に時間を奪われることもなく、あっさりと修理を終えられた
ことでしょう・・いや身から出たサビ、不注意による人災でしかありません。

 
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