守谷工房のリペア4へ                守谷工房Topへ

医療機器修理は国家資格が必要(2021.9.10)

 
療養の合間をみていくつかの修理作業を進めておりました。WEBに休業のお知らせを
掲載しているので、ご依頼はめっきり減ってしまいましたが、以前から長く放ったらかしの
修理品も抱えております。こちらは、とあるクリニックで長年使用されてきた心電計です。
外装に傷や汚れが付き、古めかしい印象が漂います。クリニックのドクターと看護師さんは
「いつの頃からか使えなくなってしまった」と話されるばかりで、どこがどのように壊れて
いるのかなど皆目分かりません。販売代理店には問い合わされたそうですが、とっくに
部品の保有期間も過ぎており、取り合ってももらえなかったようです。心電計など手の
入れようもない高度な医療用測定診断機器で、修理するつもりではなく未知の機器に
対する興味本位、遊び半分で持ち帰ってきました。3月末、既に5か月前のことです。

 

医療用機器の別格レベルといいますか、
一般の家電製品とは風格が異なります。

 

製品名「心電図自動解析装置」なので、心電図を
表示するだけでなく波形を解析する機能があるようです。

 

製造は株式会社スズケン、社名の元である鈴木謙三氏が
1932年創業した鈴木謙三商店が会社の原点です。
  

心電計は同社の主力製品で、「Cardico」のシリーズは
現行機種1215D型となり医療現場で活躍しています。
  

さて、遊び半分で持ち帰ってきたとはいえ、もし心電計を
修理しようとすると、そこには大きな制限が立ちはだかります。
  

薬事法(昭和35年8月10日 法律第145号)
 (医療機器の修理業の許可)第四十条の二 医療機器の修理業の許可を受けた者でなければ、業として、医療機器の修理をしてはならない。
 2 前項の許可は、修理する物及びその修理の方法に応じて厚生労働省令で定める区分(以下「修理区分」という。)に従い、厚生労働大臣が修理をしようとする事業所ごとに与える。

 薬事法(旧)により、修理業の許可がないと医療
機器を修理してはならないことになっています。
  

 医療機器の修理とは、故障、破損、劣化等の箇所を本来の状態・機能に復帰させること(当該箇所の交換を含む。)をいうものであり、故障等の有無にかかわらず、解体の上点検し、必要に応じて劣化部品の交換等を行うオーバーホールを含むものである。この修理を業として行おうとする者は、事業所ごとに地方厚生局若しくは都道府県知事許可を得なければならない。

 ただし、清掃、校正(キャリブレーション)、消耗部品の交換等の保守点検は修理に含まれないものであり、修理業の許可を必要としないこと。 また、医療機器の仕様の変更のような改造は修理の範囲を超えるものであり、別途、医療機器製造業の登録を取得する必要があること。

さらに医療機器修理の定義も示されており、従事するには
事業所として厚労省や知事の許可を得なければなりません。
  
その許可も医療機器の区分により分かれるようで、そうかと
思えば保守点検など許可の不要な範囲もあるようです。
  


先ほどの医療機器の区分について、条文には別表が用意されています。おそらく
この中に心電計も含まれているのでしょう(薬事法上の名称は分かりませんが)。
とにかく医療関係の法律など、難解過ぎてとても理解が及びません。しかも薬事法は
2014年に改正されて薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の
確保等に関する法律)となり、修理業の扱われ方も変更されているようです。もし
許可を得ようとするならば、医療機器修理責任技術者基礎講習会とやらを受講し
なければなりませんが、3年以上の実務経験が必要でとても検討できるものでは
ありません。難解とはいえ、とにかく心電計は法律上修理などしてはいけない
ことは確かです。くれぐれも、今回の記事はご依頼を受けての修理ではなく、使い
ものにならず廃棄物同然の心電計を興味本位で覗いてみるということです。
  

薄汚れた本体背面に電源コード(3極)を差します。初めて
心電計に触れるわけで、これから何が起こるか分かりません。
  

取扱説明書はクリニックにもなく、ネット上には製品に関する
説明も見当たりません。医療用機器なので当然でしょうか。
  

電源スイッチを入れるとモニター画面が明るくなり、このような表示が映し出されます。
初期のTFT方式液晶のようで、発色数が乏しい(~256色?)ことが分かります。
加えて、何かこう時代を感じさせるデザインのクレジット画面です。顧客ごとに一部
仕様がカスタマイズされるのか、画面右下部分にクリニック名が表示されています。
  

画面が切り替わり、電極からの信号を表示するようになります。プルーブを接続して
いないので信号波形が出力されるはずもなく、時折波形が乱れるのは混入する
ノイズのようです。心臓の筋電位を測定しようというのだから、よほど高感度で安定
した差動増幅回路で構成されているのでしょうが(当てずっぽう)、「使えなくなって
しまった」というお話しに反して立派に動作しています。不具合は何でしょう・・?
  

アナログ時代の機器同様にプリンターで心電図を印字する
ことができます。サーマルプリンターが内蔵されています。
  

「スタート/ストップ」ボタンを押すだけで、測定、
モニターへ波形表示、自動解析、印刷されます。
  

が、エラー音が出て印刷に進みません。モニターに
「用紙をセットして下さい」のメッセージが出ています。
  

カセットに感熱紙を入れたはずですが、
もう一度丁寧にセットし直してみます。
  

メッセージが変わり「電極を確認して下さい」と表示されて
います。プルーブを接続していないので、その通りです。
  

この時点でほぼフリーズ状態です。ほとんどのボタン
操作を受け付けませんが、唯一「紙送り」を押すと・・
  

メッセージが「用紙をセットして下さい」に変わるだけです。
どうやら不具合はプリンターの紙送り・・にあるようです。
  

意を決して本体の分解に入ります。「修理」のつもりで
作業するならばこの時点で「薬機法」に抵触します。
  

カバーを開けたくらいで「修理」となるのか・・、多分なるのでしょう。分解的な作業を
厳密に区別しようとすれば、固定ネジを1本外すだけで十分です。差動増幅回路の
厳密な基準電圧キャリブレーションもネジ1本の脱着も、医療機器の修理に違いあり
ません。さて、モニターを内蔵した本体上側カバーを取り外すと、LSIチップが並ぶ
デジタル回路基板が現れます。見慣れた印象が漂うのは、まるでデスクトップPCの
マザーボードに酷似しているからです。いや、よく見ると酷似ではなくPCの基板その
ものです。ただし、何世代も以前のモデルで、LSIの構成が洗練されていません。
  

中核となるCPUです。何とインテル製80486、SXは
数値演算コプロセッサ機能を無効にした廉価版です。
  

80486SXの発売は1991年なので、ざっと
30年前の基板であり製品(心電計)ということです。
  

敷居の高さに恐れをなしていましたが半分はPC基板、
モニタもPCの出力です。固定フレームを持ち上げてみます。
  

PC基板の下にもう1枚基板が重ねられています。アナログ
回路が占める心電計の心臓部で、電極のソケットが見えます。
  

遊び半分とはいえアナログ部分は触りません。固定フレームの
下には、これまたPC用のスイッチング電源(かなり高級)です。
  

既に取り外してあるカバーの内側には、TFTパネル
以外に、パネルバックライト点灯用の高電圧回路、
  

液晶画面に表示データを
送り込むドライバ基板、
  

カバー表面のボタン操作を受け付ける
インタフェース基板が取り付けられています。
  

本体の左端部分、用紙カセットの上側に測定結果印字用のサーマルプリンターユニットが
組み込まれています。感熱紙が必須ですが、インク交換が不要で取り扱いが容易です。
当時のワープロ専用機に多用され、現在もレジのレシート印刷等で健在です。ここまでの
作業で、心電計の中核であるアナログ回路部を除けば、大部分がPCとほぼ同じ技術で
作られており、心電計の中でアナログ部の占める割合が相対的に小さくなっていることが
分かります。プロセッサを中心に、モニターや操作ボタンやプリンターが周辺機器として接続
されており、筋電位を処理するアナログ回路もまた、高速・高精度のADコンバータを介して
接続された周辺機器の一つとみることができます。この理解を元にすると、電極から入力
された信号がPCに送り込まれてさえいれば(モニターに表示されていれば)、旧来の
心電計部分は問題なく動作していることになります。装置全体の中で心電計よりもPCが
占める割合が大きく、必然的にPC側に不具合の発生する確率が高くなります。つまり、
医療機器である心電計の故障に違いありませんが、その実は内蔵されるPCおよび
PC周辺機器の故障に過ぎない状況が大いに考えられます。「用紙をセットして下さい」
のメッセージが、PC装置らしく「正常に」表示されているのだから、周辺機器である
プリンターに単純なトラブルが生じているだけなのかも知れません。心電計の中にあって
心電計とはおよそ性格の異なる装置ですが、やはり薬機法により修理はご法度でしょう。

  

紙送り機構とプリンターヘッドが一体となり、ユニットを
構成しています。部品数も少なく単純な構造です。
  

固定ネジを緩めユニットを取り外します。
フレームの大部分が紙送り機構です。
  

印字ユニットの保持金具を固定する
ネジを緩めます。左右に2本ずつあります。
  

フレームとの間に印字ユニットを用紙に
押し当てるスプリングが入れられています。
  

印字ユニットを取り外します。単純な構造ゆえに
ユニットが故障していると面倒なことになりそうです。
  

同じユニットを補修用部品として入手できれば
良いのですが、何しろ30年前の製品なので・・
  

ユニットの型番が判明しました。京セラの製品で「KST-216-8MPD1-KDS」。
初期のサーマル方式なので、発熱部が機能しなくなっていても不思議はありません。
  

部品の有無を調べてみます。国内では当然見つからず
ebayにフランス語で書かれた新古品の出品があります。
  

「KST-216-8MPD-CTL」と最後の3文字だけが
異なります。送料を含めると13000円ほど、返品不可です。
  

出品されている印字ユニットはあまりに怪しく、あっさり購入を諦めます。と同時に
作業を放り出し、その後数か月間のブランクに入ります。・・・ここで4か月が経過
・・・8月に入り療養の合間に思い出したように作業を再開します。分解したプリンタ
ユニットを元に戻し、本体を元通りに組み上げて電源を入れてみます。何度も何度も
繰り返してきたある日、「スタート/ストップ」ボタンを押した直後にほんの一瞬だけ
感熱紙が送られたような気がしました。用紙出口から感熱紙が1cmほど送り出さ
れており、再利用している印字済みの感熱紙に僅かに波形が上書きされています。
印字ユニットは壊れていません。用紙が送られない原因は別にあります
  

「正常な紙送りを妨げる原因」に的を絞ると、2か所に
配置されている用紙センサーが浮上してきます。
  

本体手前側のセンサーを取り外してみます。
金属プレートにネジで固定されています。
  

持ち上げてみると、底面に2個の窓を
持つ反射型の赤外線センサーのようです。
  

センサーの真下に開口部があり、ここから
センサーは用紙を直視することができます。
  

センサーの型番を確認します。波長940nmの
OMRON製EE-SF5、フォトマイクロセンサです。
  

EE-SF5は現在も入手可能です。
OMRONの直販サイトが意外と安いです
  

2組のセンサーのうち手前側の基板には簡単な回路が組まれています。
発光側A(アノード)とK(カソード)間に半固定抵抗器が挿入されています。
  

マザーボードとのケーブル接続を確認します。
1個のセンサー基板から4本のコードが出ています。
  

マザーボード側のコネクタ部分です。
I/Oポートの一部に取り込まれるようです。
  

「紙送り」を監視するセンサーなので、この時点で大きな
疑惑が向けられます。端子の電圧変化を確認してみます。
  

まず、発光側のA・K間電圧を調べ
ます。取りあえず4.8Vくらいです。
  

ここで先ほどの半固定
抵抗器を調整してみます。
  

直列に挿入されているので電圧が変化します。A・K間の
電流値を変えることで、発光量を調整しているようです。
  

次に受光側フォトトランジスタのC(コレクタ)と
E(エミッタ)にかかる電圧変化を確認します。
  

取りあえず、ほぼ2.0Vです。用紙面
からの反射により変化するはずです。
  

その用紙面には一定間隔で黒いマークが付けられています。
手前側のセンサーは開口部からマークのある位置を見ています。
  

用紙を送りマーク位置を
開口部に合わせます。
  

黒いマークにより反射光量が低下すると
C・E間の電圧が上昇し4.2Vくらいになります。
  

ここで発光側の半固定
抵抗を調整してみると、
  

黒マーク位置とマーク外の部分での電圧変動域が
増減します。十分な幅がないと位置を検出できません。
  

手前側のセンサーは用紙面の黒マークを検出
することで、印字開始位置を決定するようです。
  

次に本体奥側のもう一つのセンサーを調べます。写真は
既に作業を進めた後のもので、配線の変更跡があります。
  

まず、用紙がセットされた状態でC・E間の電圧を確認
します。用紙面からの反射がある状態で3.0Vです。
  

用紙を除いて反射がほとんどない状態にすると4.6Vに跳ね
上がります。手前側センサーと変動域がかなり異なります。
  

奥側のセンサー回路には半固定抵抗器が含まれ
ないため、変動域を調整することはできません。
  

2個のセンサーの電圧変化を比較すると、反射のある状態で電圧が十分に下がら
ない奥側のセンサーは正常に機能していないように思われます。奥側のセンサーは、
その取り付け位置に対応する用紙面に黒マークなどがないので、単に用紙の有無
のみを検出している・・と考えれば、「用紙をセットして下さい」のメッセージが出ること
と符合します。用紙がある状態で、C・E間の電圧を手前側センサーと同程度に修正
してみる価値がありそうです。そこで、手前側センサー回路と同じように発光側に
可変抵抗器を入れてみます。しかし、変動域を狭くすることはできても、反射のある
状態でC・E間の電圧を2.0V近くまで下げることができません。試行錯誤の結果、
C・E間に並列に抵抗器を入れることで電圧を下げられることに気づきました。要は
電圧の変動域内に、PC側入力ポートの閾値が入っていれば良いわけです。
  

50kΩの可変抵抗器を接続し、用紙がある
状態とない状態で電圧変化を調べます。
  

可変抵抗器を調整して抵抗値を下げていくと、用紙がある
(反射がある)状態の電圧が最低2.3Vまで下がります。
  

用紙を取り除いて反射がない状態では
3.6V、変動域が下方に移動しています。
  

この時点での可変抵抗器の抵抗値を
測定します。3.5kΩくらいです。
  

一番近い抵抗値で3.3kΩの
固定抵抗器に置き換えます。
  

センサー基板上の受光側
C・E間にはんだ付けします。
  

「紙送り」ボタンを押してみると・・、
用紙が淀みなく流れ出てきます。
  

ボタンを押す度に一定長さだけ送り出されて停止します。
用紙有無検出用紙位置検出も正常に機能しています。
  

あらためて「スタート/ストップ」ボタンを押してみます。
プログラムに記述されたシーケンス通りに動作します。
  

電極を接続していないので単なるノイズですが、
心電波形と自動解析結果が印字されています。
  

ものは試し・・で、実際に電極を接続し動作させてみます。実験台は私自身です。
プルーブの装着は看護師の家内が簡単にやってのけてしまいました。いかにも
心電図っぽい出力・・ではなく、実はまともに測定できています。その理由は、
この心電図には私が抱える心臓疾患が正確に反映されているからです。この
記事をご覧になっている方の中にドクターがいらっしゃれば、おそらく気付かれる
ことと思います。興味本位、遊び半分で始めた作業ですが、期せずして修理に
成功してしまった?。ですが、冒頭で述べましたように無資格での医療機器
修理は薬機法に抵触する違法行為です。修理に成功したとは書けません。
  

心電波形に続いて自動解析の結果が出力されます。コメント欄にはずばり
私の抱える心臓疾患が指摘されています。ドクターが経験にもの言わせて
心電図を読解する時代はとっくに終わっています。PC・デジタル技術が、
読影という職人的な作業を機械化・自動化してしまったのです。しかも、
ここにあるのは30年前の装置ですから、現在の心電計には想像するに
データベース、エキスパートシステム、AIなどが組み込まれ、手の込んだ
ソフトウェアによって精密で高度な診断が可能になっているのでしょう。
  

麻薬取締法が、麻薬を使用せずとも所持しているだけで違法とするように、
薬機法は医療機器の本体固定ネジを1本緩めただけで処罰の対象とする
のでしょうか。医療機器の修理行為を厳密に定義・運用するには、ネジ1本
でもダメでしょう。興味本位、遊び半分の作業を終え、部品取り用ジャンクに
収まるのが無難です(それにしては外装がクリーニングされ綺麗ですが)。
心電計の心電計たる部分には何も不具合がなく、従ってその部分には一切
手を入れず、紙送り機構のセンサーの動作不良に抵抗器を1本追加した
だけで息を吹き返したわけです。超高価な装置ゆえに、クリニックに製品を
取り次ぐコンサル会社、開発製造元の企業、何とかならないのでしょうか・・。

 
守谷工房のリペア4へ                守谷工房Topへ