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パイオニアT-3050の不調(2022.5.23)

 
パイオニア株式会社が音響機器事業をオンキヨー&パイオニア株式会社に
分割譲渡したのが2014年。その後、オンキヨーホームエンターテイメント
株式会社を経て、つい先日の5月13日、1946年創業オンキョーの経営
破綻のニュースが飛び込んできました。パイオニア~オンキョーのコアな
ファンは国内外に数多く、工房でもこれまで何件も修理してきております。
 

パイオニア製、1979年発売のカセットデッキT-3050の
修理依頼です。現在のスマホ並みに売れたことでしょう。

 

フルロジックコントロールまでは採用されて
いませんが、水平スロットイン方式で薄型です。

 

耐摩耗性と高域特性も優れたハイパボリック型センダスト
ヘッド、PLL方式DCサーボモーターが搭載されています。

 

そして、このプロ仕様を漂わせる丸型のVU
メーターが、デザインに高機能感を加えています。

 

イジェクト(ボタンではなく)レバーを押し下げると
カセットトレイがえらく勢いよく飛び出てきます。

 

動作確認のため音楽テープをセット
してみます。手前が録再ヘッド側です。

 

トレイを収納するには
直接、手で押し込みます。

 

PLAYボタン・・ではなく、機構
連動式のレバーを押し下げます。

 

通電はしているのですがテープが走行する
気配がありません。上側カバーを開けます。

 

ネジ固定された金属製筐体は
分解が簡単で助かります。

 

世に送り出されてから30数年ぶり、しばし昭和の雰囲気に浸ります。
右半分に電子回路基板、左半分をカセットデッキメカが占めています。

 

カセットのスロットイン収納部です。
実に精緻・巧妙に造り込まれています。

 

手前の照明用電球が取り付けられた
基板を、そのステーごと取り外します。

  

ステーの両サイドを固定
しているネジを緩めます。
 

動作しないテープ駆動系にアクセスするには
覆い被さる部品を取り除く必要があります。

 

電球が点灯している、つまり通電した状態で
作業していますが、これは好ましくありません。

 

カセットトレイが引き込まれた状態
では、まだ駆動系に手が入りません。

 

ガッチャーンとけたたましい音を立てて
トレイが飛び出ます。まだ手が入りません。
 

トレイが出る際には、連結された紐がこのフライ
ホイールに巻き取られることで減速される仕組みです。

 

紐はさらに背面に沿って延長され、この
長いスプリングにつながれています。
 

しかし、折角のダンパーが機能していないようです。
止むを得ず、スロットイン機構も取り外すことにします。

 

複雑に構成された機構なので
分解はあまり気が進まないのですが。
 

反対側の固定ネジも緩めたところで・・、
これでも手が入りそうもないことに気づきます。
 

底面カバーを外して、下側から
アクセスする方が良さそうです。
 

四隅と中央、計5本の
ネジで固定されています。

 

ほぼ100%樹脂製に置き換わってしまった現在の筐体
では、複雑なツメによる嵌合のためこうは行きません。
 

回路基板、デッキメカともに裏側が完全に
露出します。メンテナンス前提の設計です。

 

早く気付くべきでした。下側からアクセスすれば、駆動系全体に
完全に手が届きます。駆動ベルトが切れて垂れ下がっていることが
一目瞭然です。モーターシャフトから、キャプスタン軸駆動用とテープ
巻取り用の2系統にゴムベルトが掛けられています。切れているのは
後者用の細い角ベルトで、フライホイールに掛かるキャプスタン用は
平ベルトが用いられています。こちらは特に問題ないようです。
 

切れたベルトを取り除く前に、ベルトが
掛けられていたルートを確認します。
 

ベルトの長さと回転の伝達経路から、
このように掛けられていたはずです。
 

切れたベルトを取り出してみると
意外と周長があるようです。
 

工房在庫の中から程良い
長さのものを選び出します。
 

少しきつめですが、モータープーリに掛かる
内角が小さいのでこのくらいにしておきます。

 

駆動ベルト1本の交換で済むなら
楽勝です。費用も安く上がります。

 

テープを再生します。VUメーターも
正常に応答し問題ないようです。

 

テープの巻取り側、送り出し側とも
回転している様子が分かります・・

  

が、「早送り」・「巻き戻し」の動作を確認すると、巻き戻し
最後近くで回転が落ち、終了前に停止してしまいます。

 

この類の不具合は、ほとんど中継アイドラーの
ゴムタイヤ摩耗によるスリップが原因です。

 

アルコールを浸した綿棒でタイヤの表面を
クリーニングします。これだけ汚れています。
 

再び動作確認しますが、
まだスリップが止まりません。
 

ゴムタイヤの表面が経年劣化で変質していることが
原因なので、サンドペーパーで軽く削り落とします。

 

もちろんゴムタイヤを交換するに越したことはなく、
時としてタイヤを特別に製作することもあります。

 

しかし、タイヤの摩擦は十分回復しているので
アイドラー以外に何か別の原因がありそうです。

 

これはアイドラーを巻取りリールに
押し当てるためのスプリングです。

 

経年により、スプリングの張力が
低下している可能性も疑われます。

 

スプリングのコイルをふた巻きほど
戻すことで、張力を回復させます。

 

元の位置にスプリングをセット
します。これでどうでしょうか・・

 

まだダメです。巻き戻しの終わりに近づくと
急に回転が低下し、最後まで巻き取れません。


手詰まり感が広がる中、もう一度底面側から動作を
確かめます。少々乱暴ですが、本体を横に立てた
この状態で通電し、動力の伝達経路を追いかけます。

 

基本に立ち返ることは重要です、原因が分かりました。
何とフライホールに掛かる平ベルトが滑っています。

 

接触面積の大きい平ベルトが滑るとは
予想外です。材質劣化が進んでいます。

 

顕著な伸び・たるみがなかったので見過ごして
しまいました。直接触ると劣化が分かります。

 

在庫の中からほぼ同じ周長のものを選びます。
ゴム材質が新しいので、粘着性がまるで違います。

 

平ベルトを交換するには、フライホールの落下防止プレートを
外し、先ほど掛けた細いベルトも外さなければなりません。

 

DCモータープーリの根元側に掛けます。ベルト同士が
決して干渉しないよう、絶妙に設計されています。

 

フライホールシャフトの接触部に少量の
グリスを入れ、プレートを元に戻します。

 

早送り時巻取り側リールは、アイドラーがフライホイールに
接触することでトルクを得ています。その仕組みに気付くのが
遅れたため、一部余計な作業を加えてしまいました。再生・
早送り・巻き戻しの全てが、正常に操作できることを確認して
修理を完了します。カタログスペック上0.05%(WRMS)の
ワウフラッターは、十分に安定した澄んだ音を再生します。
オンキヨーホームエンターテイメント社により、辛うじてその
歴史が保たれていたパイオニアのオーディオ、先日ついに
終焉を迎えたことが残念でなりません。

 
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