つくば市北条の商店街通りに古くからお住いの方を訪ねました。
お父様が大事にされていた絵画が何点かあり、いずれも額縁が
老朽化し壊れかけているので修復できないかとのご要望です。
*修復後の写真をご覧下さい。
|
新しく額装することも検討されたようですが、額縁にも
絵画とともに辿ってきた長い年月が刻まれています。
|
絵画の修復は到底無理ですが、額縁の修復であれば
是非お引き受けしたく、4枚の絵をお預かりしてきました。
|
里山を背景に桜が描かれた1枚。内側・外側ともフレームの
銀色塗装が剥がれかけ、キャンバス面も変色しています。
|
外側フレームはコーナー部の留めに亀裂が
入り、汚れや傷が加わり美観を損ねています。
|
背面を確認します。絵画は主に新聞紙で裏打ちされ、
その新聞紙が経年劣化で崩壊しつつあります。
|
左上に作者名と思われる「黎明」が筆書きされています。
手を触れると破れたところから破片がぼろぼろ落ちてきます。
|
まず絵画本体を外さなければなりません。手作りの
額縁でしょうか、釘を打って固定されています。
|
絶対に絵画に損傷を与えてはいけません。
そのため釘を1本ずつ丁寧に抜き取ります。
|
衝撃を与えたり乱暴に作業すると、どこが壊れるか
分かりません。ニッパーで少しずつ引き抜いていきます。
|
ニッパーの腰部分で傷をつける可能性が
あるので、当て板を敷いた上で使います。
|
絵画が額縁から外れてきます。ここまで作業するうちにも
絵画の背面を覆っている紙がぼろぼろ落ちてしまいます。
|
絵画本体は修復作業が完了するまで
別の場所で安全に保管します。
|
簡単な構造の額縁ですがこの絵に合わせて
誂えられたのでしょう。よくマッチしています。
|
有り合わせと言いますか、当時の普及材で製作されて
います。それなりの風合いを復活させたいものです。
|
内側の化粧フレームを取り外します。銀色に
塗装されていますが、著しく劣化しています。
|
材料が腐りかけている部分もあり、慎重に釘を
抜き、元の形を保ったまま取り外していきます。
|
取り付けてあった場所を間違えないよう
フレームの隅にマークを記入しておきます。
|
内側の化粧フレームを外しました。同じ部品を新たに作り直しても良いのですが、ここは元の
部品を塗装し再利用します。できるだけ新しい材料を加えない、修復にこだわろうと思います。
|
次に外側のフレームを外します。全体的に釘打ちにより
組み立てられており、大小の釘が使い分けられています。
|
長い年月で木材内部でも釘が錆びています。
慎重に引き抜かないと中で釘を折りかねません。
|
当時の釘は今のものより硬いように感じます。
錆は釘の表面に留まっておりしっかりしています。
|
四隅の補強材が当てられている部分には
二回りほど大きい釘が打たれています。
|
釘を引き抜く力に周囲の材料が
負け破断する危険があります。
|
面積の大きい台紙部分や補強材に合板が用いられて
います。接着剤の耐久性が低く材質の劣化が見られます。
|
外側フレームと台紙部分を分離します。全体的に材料の劣化が
進んでいますが、構造を維持できないほどではありません。やはり
新しい材料に取り替えるのではなく、元の材料のまま修復します。
|
取り外した外側フレームです。銀色の塗膜が劣化し
至るところ傷が付いて見栄えがよろしくありません。
|
4隅の留め接ぎ部分です。接合が緩み
フレーム全体がグラグラしています。
|
接合が壊れたことで表側にもひびが生じています。
本来ならば分解して組み立て直したいところです。
|
しかし不用意に分解すると材料が崩壊してくる
恐れがあります。瞬間接着剤を流し込み補強します。
|
完全に接合が分離していたわけではないので
瞬間接着剤だけでかなりの強度が出ています。
|
補強を終えたところでフレームの再塗装に
入ります。まず古い塗膜を除去します。
|
マルチサンダーに#120の研磨専用ペーパーを取り
付けて作業します。サンダーを傾けないよう留意します。
|
表面の大きな傷が消えてほぼ
木地が出るまで均一に研磨します。
|
先にパテで傷を修復するべきですが、一度プラサフを
吹いた後の方が傷の箇所を見つけるのが容易です。
|
隅の留め接ぎ部分に隙間が残っています。
目に付きやすい傷を中心にパテを当てます。
|
パテを完全に乾燥させてから手作業によりペーパーを
かけます。サンダーでは削り過ぎる心配があります。
|
再度プラサフを吹きます。3回ほど重ね塗り
することで、目に付く傷は消えてしまいます。
|
元と同じ銀色で上塗りします。光沢は控えめだった
ようなので、普通のカラースプレーを使用します。
|
額縁が製作された当時の爽やかな風合いに戻り
ました。他の部分も同じように復活させたいものです。
|
絵画を取り囲む面積の大きい台紙部分です。合板製の枠にキャンバスが貼り付けられて
います。しかし、キャンバス生地の劣化、特に変色が著しく美観を大きく損なっています。
|
新しいキャンバス生地に張り替える方法が最善ですが、
合板が持ちそうにありません。再塗装により復活させます。
|
キャンバス地の埃を念入りに吸い取り、壁紙用塗料を
塗ります。僅かにアイボリーの入ったリリーホワイトです。
|
変色した壁紙に使用できる高性能塗料で、カビ
防止剤も含まれているので悪くない選択です。
|
変色した地肌が一挙に塗り潰れ、他方でキャンバス地の
繊維質は残っています。品の良さが戻ってきました。
|
3回ほど塗り重ねて台紙の修復を完了させます。これ以上塗り重ねると
キャンバス地の繊維質が潰れ、また往時の面影を消し去ってしまいます。
|
既に取り外してあった内側化粧
フレームの修復作業に入ります。
|
絵画を縁取る木端部分(R加工されている)も
綺麗にするため、表裏両面からプラサフを吹きます。
|
プラサフが乾燥すると、木地の傷んで
いる箇所がよく分かるようになります。
|
大きな傷にはパテを当て、さらに材料が崩壊し
かけている部分は接着剤を付けて補修します。
|
全体に軽くペーパーをかけ
プラサフを重ね塗りします。
|
材料が崩壊し破断しかかっていた部分も
ほとんど目立たない状態に補修されています。
|
外側フレームを塗装した同じ銀色
カラースプレーを吹き付けます。
|
3回程重ねて吹き付けます。光沢をやや
抑えた無難な印象の銀色に仕上げます。
|
内側フレームも四隅は45度の留め接ぎです。
しかし、接合面が合わず隙間が空きます。
|
経年変化により接合面が劣化し、加えてプラサフや
塗料が回り込んで塗膜の凹凸を形成しています。
|
スライドソーで留めを切り直し
接合面を綺麗に整えます。
|
断面を見ると、合板内部に巣が
広がっていることが分かります。
|
接合面を整えたことで、留めが
綺麗に合うようになりました。
|
内側フレームは後で台紙に固定されるのでフレーム
自体の組み立て強度はさほど必要ありません。
|
一発で正確に組み立てるため、
瞬間接着剤を使用します。
|
木材組織に吸収されるため接着剤を多めに充填します。
結果、固化に時間がかかるためテープで固定します。
|
内側化粧フレームも補修作業終了です。非常に小さい接合面を
瞬間接着剤で組み立てているため、大きな力を加えると簡単に
壊れてしまうでしょう。台紙に固定するまでこの状態で保管します。
|
台紙の内側に絵画を嵌め込むためのガイド枠が取り
付けられています。釘が効かなくなり浮いてきます。
|
合板側から釘を打つことができず、ガイド枠側から打たれて
います。打ち込み長さが短く、元々接合力が足りません。
|
いったんガイド枠を外してしまいます。釘に
よる接合は変更した方が良さそうです。
|
ガイド枠に残っている釘を
全て抜き取ります。
|
ガイド枠の材料もあまり材質のよろしくない
柔らかい木材です。慎重に釘を抜きます。
|
額縁全体の強度は、主にガイド枠と台紙の接合強度に
依存します。釘ではなく接着剤による接合に変更します。
|
釘穴の位置を基準に、元通りの
位置に正確に取り付けます。
|
周囲を満遍なくクランにより固定し
接着剤が固化するのを待ちます。
|
内側化粧フレームを台紙に取り付ける段階です。強度を
持たせるため、ここも接着剤による接合に切り替えます。
|
塗装面に木工用接着剤が効かない可能性があるため、
フレームの一部にペーパーをかけ塗装膜を落とします。
|
エポキシ接着剤を使えば塗装面でも
接着できますが、作業性が良くありません。
|
塗装膜を落とした部分に接着剤を塗ります。
フレームの内側縁にはみ出さないよう留意します。
|
既に取り付けてあるガイド枠の
内側に静かに落とし込みます。
|
正確な位置決めは表側から調整する
必要があります。クリップで仮固定します。
|
内側化粧フレーム4辺の飛び出し量を均等に調整
しながら、隙間が生じないようクリップで固定します。
|
接着剤が完全に固化するのを待ち
クリップ・クランプを取り外します。
|
表側に返してみます。周りの明るいキャンバス地台紙の中で、内側化粧フレームの
銀色が品よく映えます。製作された当時の製作者のセンスの良さが蘇ってきます。
|
修復作業も終わりに近づいてきました。
いよいよ外側フレームを取り付けます。
|
塗装面を傷めないようシートを敷いた上に
外側フレームを置き、さらに台紙を載せます。
|
外側フレームと台紙は元々釘打ちにより接合されて
いましたが、木ネジに変更し強く静かに接合します。
|
四隅の補強材が当てられている部分は
ひと回り大きい木ネジで固定します。
|
再び表側に返してみます。正直なところ
予想を超えるデザインの良さに驚きます。
|
台紙のかすかにアイボリーを入れた白地キャンバスに、
内側・外側フレームの凡庸な銀色が見事に映えます。
|
最後に元の絵画を収めます。裏打ちの新聞紙を取り
去り、「黎明」を残して厚手の上質紙に張り替えます。
|
収まった絵が、元の絵とは思えないほど
引き立ちます。額装の重要性を痛感します。
|
製作当時の用具と比べ、現在は特に塗料の性能が飛躍的に向上しています。
当時のままの古い額縁材料を、新しい塗料が今後は保護してくれることでしょう。
|
古い額縁の修復、第1弾の作業完了です。全部で4枚の絵をお預かりしているので、
間を入れず次の修復作業に取り掛からなければなりません。良い額縁の条件とは、
言うまでもなく収まる絵画にマッチしていることです。しかるに、マッチした額縁は
絵画を引き立て鑑賞する人の目を絵画に集中させ、その結果、額縁の存在自体は
限りなく後退することでしょう。優れた額縁ほど実は目立たない・・、不憫な話です。
*修復前の写真をご覧下さい。
|
|
|