工房では外部から年間で30丁ほど鉋の研ぎを依頼されます。大部分が今どきの
ホームセンターで購入されたと思われる鉋で、その品質の低さ・仕立ての悪さに毎度
手を焼きます。先日頼まれた鉋の中に、手本とでも言うべき素晴らしい1台がありました。
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鉋台の木材がここまで変色しています。年季が
入っていますが使い古されてはいません。
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何十年前のものなのか分かりませんが、
ほとんど使われずに保管されていたのでしょう。
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鉋身の頭にもほとんど叩かれた痕がありません。
裏金の収まりも非常に良い状態です。
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鉋身甲面の商標を確かめます。「土牛」と刻印されて
います。現在も続く土牛産業株式会社の製品です。
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鉋台上端に貼り付けられているシールです。
鍛冶師を描いた当時を偲ばせるデザインです。
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刃口・木端返し部分の仕立てを確認します。
製造時の丁寧な仕事振りが残っています。
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表馴染(おもてなじみ)や押溝(おさえみぞ)の
正確で躊躇ない切り出しが見事です。
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刃口・木端返しの精密な輪郭は、鉋台の優れた
材質と材料取りによるものだと思われます。
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鉋身を抜いて鎬面を見ます。しっかり鍛えた鋼を
地金と丁寧に貼り合せていることが分かります。
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甲裏から鋼・裏すきを見ています。縁ぎりぎりまで
裏すきが及び、見事な糸裏が形成されています。
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このように完璧に仕立てられた鉋身の場合、
研ぎに要する時間は僅か(~10分)です。
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正確な裏すきによって左右縁部と糸裏が完全な
平面を構成し、仕上げ砥に10回ほど当てるだけです。
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糸裏部分を立てて(斜めに)刃を付けるような横着はあり得
ません。鉋身仕立ての段階で平面を完成させています。
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刃先を「当てる」だけで新聞紙が切れていきます。
このレベルの切れ味が、木工では最低条件です。
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市販鉋の多くが抱える問題 |
市販鉋の鉋刃の裏(鋼側)をよく観察してみます。糸裏が
形成されているものの、刃先部分の形が良くありません。
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こちらも綺麗な鏡面状態(平面)の糸裏が見られますが、
両耳のあたりで幅が極端に広くなっています(ベタ裏)。
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購入直後の新品鉋の裏を、完全に平面を整えた砥石で軽く研いでみます。平面が出ている
部分が先に砥石面に当たり、そこだけ鏡面状態が変化します(傷が付いて曇る)。写真のように
刃先の手前部分が砥石面に当たっていないことが分かります。金剛砂を使って平面が出るまで
無理に裏出しを行うと、先の写真のように糸裏の形が乱れ、裏すきが消滅してベタ裏になります。
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糸裏の平面に対してスケールを当ててみると
刃先が僅かに後退していて隙間が確認できます。
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もちろん裏すき部分には隙間が見えますが、
刃先の手前で接地していることが分かります。
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糸裏に沿った鉋刃の断面を示すとこのようになります。
裏(鋼)は糸裏に沿って完全な平面を構成します。
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糸裏が完全な平面を構成していれば、砥石に当てた
時に糸裏が密着し、平面全体が曇ってくるはずです。
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刃先がわずかでも後退していると、このように
密着しない部分が生じ、そこは曇りません。
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後退しているのは、製造時に裏(鋼側)を傾けて研いで
いるからです。短時間で切れ味を出すための手抜きです。
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刃先部分の後退の修正、それは単なる裏出しです。
鉋刃の損傷を防ぐため、専用の裏出し器を用います。
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新品の鉋に対して裏出しが必要・・理解に苦しみます。
「すぐに使えます」などと謳わないで欲しいものです。
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鉋台の調整にかかります。校正済のスケールを
下端に当て、光を透かして下端面の状態を見ます。
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台頭付近で明らかに接地しているので、
先にこの部分を多めに落とします。
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台頭~刃口の接地が解消できたら
刃口~台尻の中間部分を軽くすきます。
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年代物にしては台の狂いが非常に小さいです。
修正量が少ないため刃口を損なう心配もありません。
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スケールを度々当てながら下端を修正し、最終的に
刃口の直下と台尻の2点で接地するように仕上げます。
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鉋身および裏金の出具合を調整します。
左右にわたり刃が均等に出ています。
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栓(セン)材にて切れ味を確かめてみます。
材料への喰い付きが非常に良好です。
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年輪(木目)が大きな環孔材なので
削り屑は幾筋も縦に切れてしまいます。
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材質の柔らかいスプルースに替えて試します。
やはり手応えのある切れ味です。
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削り屑を光に透かして見ています。向こう側が透けて見えるのが分かります。
途中で途切れることがほとんどなく美しい平削りが思いのままです。
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