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パイオニア ダブルカセットデッキT-J7(2017.8.31)


50代男性の方からカセットデッキの修理を依頼されました。約30年前、就職された当時に
オーディオコンポの一部として奮発、購入されたそうです。最近になり以前のカセットテープを
楽しもうとしたところ、既に故障していることに気付かれたそうです。お預かりした瞬間、その
重量に驚かされました。オーディオで黄金期を築いたパイオニア社、技術の粋を見る1台です。

 

ビデオデッキを思わせる水平ローディング方式の
ダブルデッキ、他社にもあまり製品例がありません。



背面は音声入出力用RCAジャックと、コントロール
端子(SONYと共通か独自仕様なのか不明)のみ。

 

型式T-J7とあります。ネット検索をしてもパイオニア社
公式WEBもとより、スペック情報がまるで見つかりません。

 

こちらのハンガリー語で書かれたWEBサイトに
同機のサービスマニュアルを見つけました。

 

ダウンロードしてみると、ユーザ向けの取扱説明書ではないようです。例えば、この
ような組み立てライン用かと思われるような詳細な分解組立図が掲載されています。

 

テープデッキ部の詳細な組立図です。全てのパーツに
番号が振られ、枠外に名称がリストアップされています。

 

電気系の全回路図も掲載されています。デジタル化が進み出した
頃の、アナログ系とロジック系が見事に一体化した高度な回路です。

 

故障状況の確認作業にかかります。電源ボタンを
押すと中央のLCDにバックライトが点灯します。

 

左側(Mecha1)のイジェクトボタンを
押すと、トレイがスムーズに出てきます。

 

右側(Mecha2)も問題なく出てきます。
耳障りな音もなく滑らかに出入りします。

 

カセットテープを入れてみます。トレイ内部も精密に
成形されており、カセットが滑るように収まります。

 

ガチャガチャ音を立てる縦型デッキとは別次元で、
カセットテープを実に丁寧に扱う設計です。

 

ダブルデッキで左右ともリバース(双方向)再生が可能
です。再生方向のボタン側でインジケータが点灯します。

 

再生ボタンを押すと、写真では分かりませんが、カウンター表示が早送り並みに
カウントアップされ、本体内部からテープが速く巻き取られているような音がします。
停止ボタン上のインジケータが緑色に点灯し、再生中であることを示します。

 

早送りボタンを押すと、カウントアップがさらに
速まり、実際にテープが巻き取られていきます。

 

右側でも試してみます。カセットテープの
ローディングはこちらも素晴らしく滑らかです。

 

ご依頼者のお話しでは、左右とも再生でき
ないそうです。再生ボタンを押してみます。

 

左側と同様やはり早送りのようにテープが巻き取ら
れる音がして、再生されている様子がありません。

 

おそらくデッキのメカユニットに何らかの不具合が
あるのでしょう。内部の分解作業にかかります。

 

当時ほぼ完成域にあった
筐体の組み立て構造です。

 

内部の電気的シールド性を高めるため、
金属製カバーでシャシーを完全に覆う方法です。

 

カバー前部を前面パネルに嵌め込み、
背面側で数本のネジで固定しています。

 

本体カバーを取り外します。
内部構造が見えてきました。

 

「うむー」と声が出ます。設備が整然と隙間なく
詰め込まれた、製造工場のような印象です。

 

丁寧に設計・製造されたパーツが無駄なく配置され、見事なアートワークに
よって接続されています。配線にはフラットケーブルが多用されています。

 
 
外部に出ているトレイからは想像し難い、重厚なデッキメカユニットが
電気回路基板を従えて2台並びます。筐体内に広がる壮観な光景です。

 

左側デッキメカユニットです。テープを入れ替えることなく
往復再生を可能にするため、ヘッドが180度回転します。

 

左側デッキも基本的にメカユニットは同一のもの
です。2組のキャプスタンとローラを備えます。

 

デッキメカユニットが見える状態で
カセットテープを再生してみます。

 

実に巧妙でスムーズな動作により、カセット
テープが内部に引き込まれていきます。

 

ローディング動作の最後に、スタビライザーが柔らかくカセットの上に降り、再生中の
振動などを抑え込みます。しかし感心している場合ではありません。ヘッドベースが
元の位置に停止したままで、ヘッドやローラーがテープに接触しません。本来ならば
ローラーがキャプスタンに当たり、テープを挟みこむことで一定の回転数を維持します。

 

右側でも確認を行います。テープのローディングは
滑らかですが、やはりヘッドベースが移動しません。

 

結果、キャプスタンによる回転数制御を受けず、ほぼ
巻き取り側リールの回転速度でテープが走行します。
 

デッキ内部に原因がありそうです。解明する
には、メカユニットを取り外す必要があります。

 

両側を支えているローディングベース、さらに
筐体底面側からもネジ固定されています。

 

ところで、不具合の原因がメカユニットにあるのか、それを制御する電気制御系に
あるのか、まだ判然としません。制御系にはパイオニアが開発したコントローラ
(PD3149A:CMOS)が組み込まれています。精緻なメカニズムも、高機能化
するマイクロチップに依存して動作するよう進化していることが分かります。

 

PD3149Aの64ピン全てのアサインです。キータッチ、
フルロジックオペレーション化への足跡が読み取れます。

 

これらの信号処理、処理結果の信号伝達等に
問題がある場合、修理は一挙に難しくなります。

 

機械と電気回路、故障率が圧倒的に高い
のは前者です。「機械=壊れるもの」です。

 

デッキメカユニットの取り外しを進める中、
前面パネルがどうしても邪魔になります。

 

パネル自体は樹脂成型品です。左右で
上面側を固定しているネジを緩めます。

 

底面からも固定しているネジがあります。右側に
隣り合ったネジは、デッキユニットを固定しています。

 

デッキユニットを固定しているネジは、デッキを落とす
危険があるので、後で水平にした状態で緩めます。

 

爪による凝った篏合が使われていない
ので、比較的簡単に外れてきます。

 

パネルが外れました。内側に装着されている操作スイッチ
基板やLCD基板も、この段階でネジを緩めて外しておきます。

 

デッキメカユニットへの配線は、一部を除いて
この基板の下にある別の基板から出ています。

 

上側の基板を外すため、10本近い
ケーブルをいったん全て抜き取ります。

 

上側の基板はオーディオ系の処理回路です。下側の
基板との間に、金属製のシールド板が入っています。

 

上側基板を横に倒しシールド板を取り外す
と、ようやく下側基板にアクセスできます。

 

デッキメカユニットと制御回路は13芯と6芯の
フラットケーブル2本で接続されています。

 

主にデッキメカユニットの駆動電力供給と、
センサーからの信号入力に使用されています。

 

配線による束縛を離れ、ようやくデッキメカユニットが外れて
きました。さらに分解を進め、不具合の原因を探ります。

 

精巧に成形されたローディングトレイです。カセットを
水平に引き込んだ後、垂直方向に落とし込みます。

 

フラットケーブルを引き抜いてしまったので
このままでは通電状態で動作確認できません。

 

別途、延長用のフラットケーブルを用意
します。一時的に半田付けで接続します。

 

隣り合ったコードが接触しないよう
セロハンテープで固定しておきます。

 

もう1本の6芯ケーブルにも
延長ケーブルを足します。

 

基板のコネクタ側は、半田処理したケーブル端が何とか
差さります。これで通電状態で動作確認ができます。

 

大型のローディングトレイが分解の
妨げになるので取り外します。

 

その前に、スタビライザを上下させる
クランプアームを外さなければなりません。

 

サイドのクランプレバースプリング2本を
外し、クランプアーム軽く広げながら抜きます。

 

ローディングトレイにもシールド対策が施され、
ユニットの金属部にネジ止め(接地)されています。

 

左右のローディングベースから爪が出て
おり、トレイの移動範囲を規定しています。

 

爪を少し浮かせるとローディングト
レイが完全に抜けてきます。

 

テープの駆動系が露わになりました。高音質を追求するため精緻に加工された
パーツが多用され、堅牢で剛性に富んだ構造がカセットテープを安定して保持します。

 

デッキメカユニットを裏返します。フライホイール等を
組み付けるホールドプレートはこちら側にあります。

 

再生方向切り替えモータ、いくつかのセンサー
への配線を集約する基板が邪魔になります。

 

この基板の陰にホールドプレートを固定
するネジ3本のうち1本が隠れています。

 

基板の取り付け位置を決めている爪です。
ドライバの先で軽く浮かせて解除します。

 

基板が浮き上がりヘッドプレート移動を制御するソレノイドが
見えてきました。不具合があるとプレイアームが動作しません。

 

ソレノイドの導通と、再生時にソレノイドに一定電圧が
加わるか点検します。左右デッキとも問題ありません。

 

ソレノイドの先に不具合の原因を求めます。
いよいよホールドプレートを取り外します。

 

大型のダブルフライホイールを備えています。
互いに逆回転することでフラッターを低減します。

 

主フライホイール(写真左側)に2本の平ベルトが掛けられ、
1本は駆動モータへ、1本は補助フライホールへ延びます。

 

平ベルトを2本とも外します。テープデッキの
故障にありがちなベルトの劣化はないようです。

 

主フライホイールを抜きます。削り出し加工され
厳密に回転バランス調整された精密部品です。

 

補助フライホイールも抜きます。重量感のある2個のホイールに
より、ワウフラッターはほぼ限界まで低減されているはずです。

 

2個のフライホイールの陰に、ヘッドベースを移動させるカムギヤが取り付けられて
います。複雑なカム形状が刻まれたプラグリスまみれのギヤが、フライホイールの
慣性を利用してヘッドベースをスプリングの反力に逆らって一挙に移動させるのです。

 

ヘッドベースが移動しない原因を探るには、移動
させるメカニズム自体を解明する必要があります。

 

ギヤカムの外周に刻まれている歯は
一部に切り欠きが設けられています。

 

主フライホイールのピニオンギヤがギヤカムの切り
欠き部で空転していると、ヘッドベースは動きません。

 

しかし、ギヤカムが僅かに回転してピニオンと噛み合うと
ヘッドベースが一挙に押し下げられ、再生状態となります。

 

切り欠きによる停止状態からギヤカムを脱出させる機構に
問題がありそうです。いったんデッキユニットを元に戻します。

 

筐体内に取り付けた状態でデッキの各部動作を調べます。
音声録再回路、ドルビー信号処理の基板が邪魔になります。

 

ソレノイドの駆動とカムギヤの切り欠き脱出を連結させる重要な部品を見つけました。
プレイアームと呼ばれるこの樹脂製パーツの動きが・・、にわかに固くなっています。

 

ピンセットで力を加えると、何かが割れるような音がしてソレノイドが
引き込み、プレイアームが僅かに左回転しました。ソレノイド内部で鉄芯か、
あるいはプレイアームとの接続点で、おそらくグリスの固着があったようです。

 

ソレノイドがOFFで出ている状態です。プレイアームが
ギヤカムの回転をロックし、ホイールが空転します。

 

ソレノイドがONでプレイアームを引き込んでいます。
ギヤカムのロックが解除されヘッドベースを移動させます。

 

プレイアームを取り外して点検します。部品自体に劣化や損傷はないようです。
ソレノイドの鉄芯が露わになったので、スライド部分に潤滑剤を少量入れます。

 

プレイアームの動作を固くしている原因をもう一つ
見つけました。脱落防止用のこの爪が変形しています。

 

変形により爪の先がプレイアームを押さえ
付けています。力を加えて修正します。

 

プレイアームを清掃してスラッジなど摩擦抵抗の原因を取り除き、
スムーズに動作するよう念のためプラグリスを入れておきます。

 

ソレノイドがONの状態を再現します。
ピンセットの先で軽く動きます。

 

ソレノイドOFFの状態を再現します。ピンセットを
離すと柔らかいスプリングの反力だけで元に戻ります。

 

まだ電気回路系を点検していないにもかかわらず、直ったような気がしてなりません。
ソリッドステート基板の恩恵で電気系の故障は本当に少なくなりました。電子部品の
劣化が故障原因のほとんどですが、機械部品の故障率と比較すると桁が違います。

 

完全に独立したテープデッキで、RCA端子からの出力
以外何も装備がありません。急遽アンプを接続します。

 

左右のデッキにオーディオテープを装填します。
左側は工房で常用しているテスト用音楽カセット。

 

再生ボタンを押すや、クリアな音質にかなり驚きました。「カセットテープって
こんなに音が良かったっけ?」・・・無事再生できました。左右デッキとも、
往復両方向とも完全に再生できます。早送り・巻き戻しいずれも正常です。

 

最初に本体カバーを外した瞬間、内部の複雑さに
気が滅入りそうになったことを生々しく思い出します。

 

故障修理に成功した後は、気が済むまで
本体のクリーニングに時間を費やします。

 

パイオニアにしては派手さを抑えたシックな高品質感が蘇りました。就職当時に購入
され、その後様々な音楽シーンを添えたであろうカセットデッキです。長い年月眠って
いたカセットテープが息を吹き返すことでしょう。自分ごとのように切なさが漂います。

 
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