「ミシンは女性が使うもの」など言おうものなら時代錯誤も甚だしいところですが、今も
「ミシンの扱いに詳しい」のは女性であり、修理のご依頼は女性の方からばかりです。
学校の家庭科室には大概何十台ものミシンが備わっていて、ミシンメーカーから毎年
サービスマン(必ず男性)がやってきて、丸1日かけて整備してくれたものです。ミシン
独自の奥深く優れたつくりに敬意を表しつつも、純粋に機械の修理として挑みます。
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SINGER製MERRITT 8200EX電子式ミシン。SINGER社は1851年創業、
世界大戦中には兵器を製造し発展・多角化してきた米国企業です。日本では
株式会社ハッピージャパンが営業業務を担っています。会社の買収や統合に
よるものでしょうか、残念ながら8200EXに関する情報は提供されていません。
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電子式と言っても、コンピュータミシンが登場する以前の
電気的速度制御式であり、パターン制御は機械式です。
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製造年は不明ですが、コンピュータミシンの登場を
予感させる洗練されたデザインを纏っています。
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面板を開けます。かつてのオーソドックスな
構造ですが、細部は現在のミシンと異なります。
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不具合は「下糸が絡まる」と聞いています。実際に縫って
みると、確かに下糸がほつれて縫合が成立しません。
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補助テーブルを外し釜カバーを開けます。
縦釜方式でボビンケースが見えます。
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ボビンケースごとボビンを引き抜きます。
左右の爪により中釜フタが固定されています。
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釜カバーを開けた開口部から内部を
覗くと、下糸の駆動系が埃まみれです。
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取りあえず掃除機を当てながら、
できる範囲内で埃を吸い取ります。
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ミシンと言えばミシン油。全面的に注油
されているため、埃が集積しがちです。
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本体を横倒しにして、底面から
内部に直接アクセスします。
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底面カバーの固定ネジを緩めます。
先に補助テーブル下の2本。
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続いて支柱部下の2本を緩めます。
カバー右辺は爪2本による篏合です。
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樹脂製底面カバーが外れてきます。
モータと制御基板が見えます。
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取り外した底面カバー内に小さな止めネジを1個
発見。どこからか脱落・落下したものでしょうか。
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布送りおよび下糸駆動系の機構です。
掃除機とブラシで埃を徹底的に取り除きます。
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下軸の最終段ギヤを点検します。ミシンの手入れは基本的に掃除と
注油です。調整基準データがない場合、また経験のある専門業者でも
ない限り、リンクやカムの不用意なタイミング調整は避けるべきです。
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最終段の曲りば傘歯車がグリス
切れを起こしています。補充します。
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歯車やカムの低速噛み合わせ部はグリス、比較的
高速の摺動部や軸受にはミシン油を用います。
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先ほどの埃の集積状況からして、長い期間
注油等のメンテはなされていなかったようです。
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水平送り軸の軸受に注油します。全体的に注油・グリス
アップを行い結果を見る価値が大いにあります。
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制御基板を倒すと、陰に隠れて
いる下軸の他端軸受が見えます。
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摺動部の隙間にミシン油を少量入れます。
入れ過ぎは埃を集積させるので注意します。
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中釜への注油は使用の度に行うよう、ほとんどのメーカーが指定しています。しかし、
布地に油汚れが付着する心配があるので、あまり積極的には注油されないようです。
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中釜フタ・中釜を取り出し、内部を
丁寧に清掃し軸受に注油します。
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水平送りのカムとレバーの
接触部をグリスアップします。
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こちらのアニメーションは釜の動作を分かりやすく説明しています。下糸が上糸に絡む様子を確認することができます。
https://www.juki.co.jp/jp/muse/sew/anime02.html より引用
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次に、針板を外して内部の状態を点検
します。ミシン針と押さえを外しておきます。
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送り歯を固定しているネジを緩めます。本体アームと
ヘッドに阻まれ、柄の短いドライバが必要です。
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下糸がほつれるなど、不具合を起こしている可能性の高い原因を見つけました。
送り歯の隙間に埃がぎっしり詰まっています。垂直方向に針板のスリットを
くぐり抜けることができず、布地を正確に送ることができなくなります。
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詰まっている埃を丁寧に掻き
出しました。かなりの量です。
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他に送り歯に損傷等はありません。
元の位置に取り付けます。
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送り歯の固定用ネジ穴にはかなりの遊びがあります。
写真では針板に対して右側に寄り、接触しています。
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ネジ止め位置を微妙に調整し、
送り歯をスリット中央にセットします。
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本体上部、アーム内部も点検します。
固定ネジを緩めカバーを外します。
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内部は機械部品の塊のようです。
下軸周りほど埃の集積はありません。
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カムが複雑に組み合わされてパターン縫いの機構が構成されています。パターン
選択ダイヤルを回すことで、パターンに合うカムがセットされます。限られた空間に
広がるアートのように見えますが、間もなくプロセッサの登場で光景が一変します。
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低速の摺動部等はグリスアップ、
ただしカム板は注油を避けます。
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上軸から下軸を駆動する
クランク軸受部に注油します。
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ヘッド内部の点検作業に進みます。各部品の実装
密度が高く、部品構成の把握が簡単ではありません。
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奥まったところに軸受や摺動部が組み付けられて
おり、ピンセットの先でミシン油を送り込みます。
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針棒の振れを制御する駆動部品が奥深くに
見えます。ここまでは手が届きそうにあり・・
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ライティングの方向を変えると、ようやく
届いているピンセットの先が見えます。
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手元を照らすランプです。小さな白熱電球が
使われていますが、発熱で火傷しそうです。
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口金がE12相当の昼光色LEDに交換します。
若干暗くなるものの、発熱の問題は解消します。
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ここまでの修理(整備)を終えて、試し縫いをして
みます。工房には試し縫い用の布地がありません。
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古いハンカチを1枚潰します。今回も家で
奥さんから縫い方の指導を受けながらです。
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すんなり最後まで縫い進んでしまいました。幾分
機械音が静かで滑らかになっているように思います。
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問題なく綺麗に縫えています。色の薄い
生地に白糸では縫い目が確認し難いです。
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ハンカチの縁部分を縫ってみます。
はみ出さずに縫えるか心もとありません。
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やはり綺麗に縫えています。裏側、
すなわち下糸はどうでしょうか。
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大丈夫です、下糸がほつれることも絡まることもなく、しっかり縫えています。
ミシン掛けと縁のない立場なので、この程度で「修理した」と言い切れませんが。
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その後、黒地の布を見つけたので、縫い目の送りを4段階に変えながら、さらに試し縫いを
行いました。柔らかい布地のせいか、細かい送りで布がよれていますが、いずれも上下糸
ともしっかり縫えています。布がよれる原因は糸調子の調整が正しくないのか、そもそも
縫い方が下手なのか、そうなると基本からミシン掛けの勉強をしなければなりません。
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