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鳩時計の修復(2018.12.3)


木製の鳩時計を修復します。物心も付かない子供の頃、自宅に掛けられていたことを
覚えています。全体が黒い色で、時刻を告げる「パッポー」という音も耳に残っています。
写真の通り、不具合は長針が欠損していることです。時計の役を果たさず、長期間(10年
以上?)保管してあったそうです。鳩が飛び出てくる機構に興味が掻き立てられます。

 

文字盤、時針を確認します。ゴシック調にデザインされた数字と残っている
短針です。先に、長針・短針の取り付け方法を理解する必要があります。

 

長針を固定していた化粧ナットを緩めます。
材質表面の酸化が進み、強く固着しています。
 

化粧ナットの下に長針の根元部分が残っています。
金属疲労により、根元近くで折れてしまったようです。

 

長針の根元が残っているので、代替部品を再生でき
そうです。ボックス内からムーブメントを取り出します。

 

時報(パッポー)のON・OFFを切り替えるスライド
スイッチです。固着しているので潤滑剤を吹きます。

 

レトリックな鳩時計ですが、心臓部には
クオーツムーブメントが使用されています。

 

リンクやレバーを解除しながら慎重に内部
機構を取り出します。物々しい装備です。

 

現在広く普及しているクオーツムーブメントに、時報制御機構と振り子駆動機構が
組み込まれています。さらに、「パッポー」を奏でるホイッスル部と鳩人形の駆動
機構が合体され、新旧の装置が一体になったさながらハイブリッド機構であります。
「パッポー」をDSPによる電子音、鳩をLCDにグラフィック表示などしては台無しです。

 

ホイッスルに空気を送り込む小型のふいごが、
「パッ」用と「ポー」用に2個取り付けられています。

 

昔ながらの「パッポー」音を奏でるため、
ハトロン紙製の旧態然とした造りです。

 

空気室を変形運動させるため、ハトロン紙が
巧妙な蛇腹構造に折り畳まれています。

 

蛇腹を開閉させながら状態を確認して
みると、ハトロン紙の一部が破れています。

 

ここにも破れている部分があります。
ホイッスルに向かう空気が漏れます。

 

反対側の丁番に相当する部分です。
丁番が完全に切れています。

 

長針の欠損と同じくらい重大な問題です。ハトロン紙・・紙ですから経年劣化(風化)は
免れません。折り目を境にさらに破断が進みそうです。古いハトロン紙を全て取り除き、
蛇腹を新しく作り直した方が良さそうです・・が、この巧妙な蛇腹の折り畳み方が分かり
ません。一度壊してしまうと、再現は困難を極めそうです・・、修復することにします。

 

先に丁番を修復します。ハトロン紙のような薄手の
用紙がないので、マスキングテープを代用します。

 

下手にふいごを動かすとハトロン紙の破断が
進むため、閉じた状態で慎重に作業します。

 

丁番部分を固定しただけで
ふいごの位置が安定します。

 

「パッ」用と「ポッ」用、2個のふいご丁番を修復
しました。問題は空気の漏れる蛇腹の修復です。

 

細いドライバーの先に木工用接着剤を少量取り、
ふいごの隙間から破断部分に塗り付けます。

 

破断線に沿って少しずつ修復します。接着剤が
はみ出て蛇腹が開閉しなくなるとアウトです。

 

接着剤が乾き一部が接合されるのを待って、続く
破断部分を修復します。ひたすら根気よく繰り返します。

 

ふいごを開閉させると、小気味良く「パッポー」が
聞こえてきます。擦り減った神経が癒されます。

 

次はムーブメント本体、乾電池ホルダーの不具合です。
単1用マイナス側の電極金具が脱落しています。

 

反対側から確認すると、錆びて朽ち果てた金具の
一部が残っています。液漏れ放置による腐食でしょう。

 

工房に有り合わせの材料でマイナス側金具を修復
します。大きさの合いそうなスプリングがありました。

 

金具を固定する突起部分の内径と、
スプリングの外径がほぼ同じです。

 

スプリングから必要な長さを取ります。
有り合わせとはいえ、バネが太過ぎます。

 

単1乾電池を確実に保持できれば良しと
します。グラインダで切断端を成形します。

 

乾電池のマイナス側に接触する部分を
先に行くほど薄く切削します。

 

マイナス側に接続されるコードを整理します。ムーブメント
本体、振り子駆動部、ふいご駆動部への3本かと思います。

 

スプリングから製作した電極金具に
コードをまとめて半田付けします。

 

ムーブメント本体の突起内に
電極金具を差し込みます。

 

かなり固く入っていますが、念のため瞬間接着剤を入れて脱落を
防止します。やはり、加工するにはスプリングが太過ぎました・・。

 

取り外しておいた、ふいごと駆動部を
接続するリンクを、元の位置に戻します。

 

「パッ」用と「ポー」用に2本を連結します。
手前に駆動部から出るレバーが見えます。

 

堆積した埃を丁寧に取り払い、ムーブメント全体を
ボックス内に収めます。ムーブメント自体は快調です。

 

楽しみにしていた鳩フィギュアの動作を確認して
みます。各部が非常に柔らかく軽快に動作します。

 

扉が左右に開き、内部から鳩フィギュアが飛び出てきます。飛び出し切る頃、
小さな羽を両側に広げるのです。「パッポー」に合わせて時報数分、出入りを
繰り返します。立派なオートマタのひとつに数えられるのではないでしょうか。

 

色々な修復作業に追われ、肝心の長針を
再生する作業が最後になりました。

 

文字盤全体がゴシック調なので、短針とのバランスも
考え長針のデザインを選びました。JPG画像です。

 

切り抜き加工するにはベクトルデータが必要なので、
ネット上のオンラインサービスで変換します。

 

CADに取り込み、サイズや形状、特に時計の
長針軸を通すための穴形状を微調整します。

 

1mmアクリル板をレーザーカッターで
切り抜きます。予備を含めて数本製作します。

 

元は金属製の時針でしたが、CNCフライス盤
未導入のため無理です。アクリルで代用します。

 

残っている短針の塗装色に合わせ、
アクリル製長針を塗装します。

 

研磨工程無しで出来上がりとします。
そこそこ綺麗に仕上がっています。

 

長針を軸に取り付けます。穴は完全な円形ではなく、
一部切り欠きにより一定位置に嵌まり合う構造です。

 

化粧ナットの酸化膜も研磨除去し、センスの
良いゴシック調文字盤が完全に復活しました。

 

アクセサリーに過ぎない錘チェーンの錆びを落としメタルシルバーで再塗装、全体を
クリーニングしてまとわりついた埃を落とします。最後に、時報を鳴らしながら1昼夜
ほど遅進を確認してご依頼主にお返しします。室内に響く「パッポー」を聞くと、逆に
時を遡る気がします、いつか全機械式のレガシー鳩時計を修理してみたいものです。


 
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