「ポップアップトースター」を修理して欲しいと、ご依頼主からの連絡です。パンが
焼けるとポップアップ、つまりパンが飛び出てくるからなのでしょう。で、不具合は
ポップアップしない、焼き上がってもパンが飛び出してこない・・、そうではなくて
レバーを押し下げてもロックされず、トースター内にパンを引き込めません。
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本体横に「Russell Hobbs」と刻印があります。
英国のブランドでラッセルホブス社の製品です。
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レバー側の下に調整ツマミ・ボタンがあります。実にオーソ
ドックスなトースターで、製品名はクラシックトースターです。
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底面を確認します。外側を囲むグリルの
一部が破損して(割れて)います。
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輸入販売を行っている会社名が記載されて
います。英国製といえども製造は中国です。
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押し下げたレバーが止まらない・・、レバー周りの
何か金具部品のようなものが変形でもしたのでしょう。
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安直に考えを巡らせつつ、本体の分解を進めます。
電源コードのホルダー固定に特殊ネジが使われています。
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使用者が分解できないようにする対策でしょう。
適合するビットを取り付けてネジを緩めます。
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分解するにつれ、内部から大量のパンくずが落ちてきます。
何百枚・何千枚のトーストを焼き上げてきたのでしょう。
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底部カバーと金属製の上部を分離します。底部外周のグリルは
おそらく本体を落下させたのか、完全に破断しています(手前)。
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作業がパンくずまみれになりそうなので
一度掃除機で吸い取っておきます。
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電源コードを外します。汚れが
入りにくい丁寧な作りです。
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レバーを引き抜きます。きつめに差し込ま
れているのでドライバーの先を使います。
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焼き加減調整用の
ツマミも引き抜きます。
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「冷凍」、「ポップアップ」のスイッチボタンを
外します(実際は外す必要はありません)。
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本体内部に差し込まれている
スイッチ基板を外しておきます。
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金属製の本体外側と、内部の発熱機構部を分離します。
レバーやプレートの端が引っ掛かり簡単ではありません。
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ポップアップ機構は簡単な機械式などではあり
ません。電子的な制御回路を内蔵しています。
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レバーを下げると、フック等が引っ掛かる方式ではなく、
鉄片が電磁石に吸い付いてロックされる仕組みです。
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しかし、通電状態で操作しても
鉄片が全く吸い付きません。
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ドライバーの先を当ててみると
電磁石が磁化されていません。
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この制御回路に不具合があるとすると
かなり厄介な修理になります。
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点検のため可変抵抗器や
基板を取り外します。
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基板上には2個のロジックICが搭載されています。タイマーにより加熱時間を正確に
制御することで、焼き加減を調節しているようです。恐れ入ります。外見的に特に
部品の劣化・損傷は見当たりません。また簡単に壊れそうな回路でもありません。
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配線パターン側を点検します。やはり高温に
晒されるためかパターンの劣化が進んでいます。
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通電状態で回路に電圧が加わって
いるか確認します・・、加わっていません。
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何故回路に電圧が加わらないのか
電熱線パネルを分解して調べます。
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2枚の食パンを両端と中央3枚の電熱線
パネルが挟みます。端のパネル1枚で・・
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パネルに巻き付けられている電熱線が
下の方で断線し、一部がなくなっています。
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断線した電熱線の途中にハトメが打たれて
おり、そこから電線が引き出されています。
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制御回路を動作させる電源は、電熱線の途中から電線を引き
出すことで電源電圧を分圧して作り出しています(A-B間)。
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電熱線の欠損部分を、汎用の電熱線を利用して
補います。テープ状の電熱線は入手困難です。
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抵抗(発熱)特性が異なりますが、
長さが限られるので支障ないでしょう。
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欠損部分を補うように
左右に往復させます。
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切断端との接続は針金
細工のように絡めておきます。
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マイカ板の端で折り返し
裏側に引き込みます。
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ハトメに元の電熱線が
僅かに残っています。
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何とか絡めて接続します。失敗
した場合はハトメを打ち直します。
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通電状態で電熱線に加わる電圧を確認
します。両端(A-C間)はAC100Vです。
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制御回路用に途中から引き出した(A-B間)
電圧を確認します。AC10V程度です。
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これで動作するはずですが、確認
すると基板に電圧が加わっていません。
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電源の接続部分を
注意深く観察すると、
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半田付けが浮いています。メーカー品なのに
何故このようなトラブルが起こるのでしょう。
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不完全な半田付けを
いったん除去します。
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あらためて電源のコードを
丁寧に半田付けします。
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制御回路を元に戻し動作確認を行います。不具合の原因を特定し
必要な修理を加えたので、これで正常に機能するはずです。
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甘くありません、まだ動作しません。
電磁石が十分に磁化されません。
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原因は回路に加えられている電源電圧が十分
ではないからです。分圧が適切ではないようです。
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代用した電熱線の抵抗特性が異なる(抵抗が小さい)
ためです。ここで全く別の解決方法を採ります。
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反対側の電熱線パネルから
電源を取ることにします。
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分圧を取り出している配線(B点)を
切断し、反対側へ引き回します。
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耐熱チューブを被せながら
フレームの隙間を通します。
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穴の位置などフレームの構造は全く同じです。
電熱線パネルにも同じ位置にハトメ用の穴があります。
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配線の先端に圧着
端子を取り付けます。
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ハトメではなく同径の
ネジで固定します。
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内側にワッシャを入れて分圧を取り
出す電熱線に接触させます。さて・・
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通電した途端、制御回路が火を噴きます。やってしまいました! こういう場合、
何故か瞬間的に原因がひらめきます。分圧を取り出す端子(A-B間)を、A-C間と
取り違えたためです。90V前後の電圧を回路に加えてしまいました。レギュレーターに
なるTRが完全に焼き切れています。周囲にも延焼が及び、抵抗類も巻き添えです。
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ロジックICも無事である保証はありません。
4060・4066と汎用のICではありますが。
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何としてでも工房の責任で修復せねばなりません。
まずTRを交換します。5609は汎用のNPNです。
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Ic1A程度のNPNを選びます。
2SC2655が手に入りました。
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焦げていても隣の抵抗器は無事です。
ロジックICに電圧が加わっていません。
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供給電圧を決めているツェナーダイオードが壊れて、両方向とも
導通状態です。交換は簡単ですが刻印がなく電圧が分かりません。
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ロジックICを動作させるので5V前後かと思いますが、
電磁石を駆動するには10V近くまで必要かも知れません。
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回路途中から直流電源を接続してテスト
します。工房在庫の5.1Vでは・・ダメです。
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5.1Vと3.3Vを直列にし
8.4Vで試してみます。
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ロジックICには電圧がかかり
正常に動作しています。
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鉄片が吸着するようになりました。
回路を復旧させることに成功です。
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本体を組み立て、実使用の
状態で動作確認します。
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レバーを引き下ろします。以前はロック
されず元に(上に)戻っていました。
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制御回路により電磁石に通電し
鉄片を吸い付けてロックします。
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試しに「ポップアップ」ボタンを押してみます。
加熱を中断してレバーを戻すボタンです。
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電磁石の通電を切ることで鉄片が
離れ、レバーが元に戻ります。
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周囲が熱くなってくるので電熱線が発熱している
ことは分かりますが、実際にパンを焼いてみます。
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レバーを下げてパンを引き入れます。
レバーのロックは確実に機能しています。
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内部を覗き込むと、欠損していた部分に当てた電熱線だけが赤熱しています。
抵抗(発熱)特性が異なるので、そこだけ赤熱温度に達しているためです。
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しばらく待っていると、タイマーが切れてロックが
解除されレバーが上がります(ポップアップ)。
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焼き加減を最小にしているのでほとんど
焦げ目が付かず、パン全体が温まる程度です。
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焼き加減として正常に機能しているので
しょうか。実際に焼き時間を計測してみます。
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ストップウォッチを用意しレバーを
下げると同時に計測を始めます。
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丁度2分でレバーが戻りました。電子回路による
タイマーなので正確に制御されているようです。
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先ほどの2分に続けてさらに2分、計4分の
加熱でこの焼き色です(私の好みです)。
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最後にクロムメッキの本体を綺麗にします。
柔らかい布に金属用研磨剤を付けて磨きます。
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研磨剤が広がると一時的に
表面が曇った状態になります。
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綺麗な布に交換して磨き直すと、曇りが消えて光沢が蘇ります。
パンくずには参りましたが、ほとんど傷もなく良好な状態です。
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基板が火を噴いた時はどうしようかと思いました。接続を間違えなければ
制御回路の復旧に時間を奪われることもなく、あっさりと修理を終えられた
ことでしょう・・いや身から出たサビ、不注意による人災でしかありません。
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