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純正機械式鳩時計の修復(2021.1.3)

 
昨年暮れに市内在住の方からご依頼のあった鳩時計の修理です。子供の頃から
お持ちだったそうで、ご結婚後はご主人の鳩時計と並べて壁に掛けられていたそう
です。いつの頃からか2台とも動かなくなり、ご主人の生前の希望に沿って修理する
ことを決められました。モーター式の1台は既に修理完了・納品済みで、続いてもう
1台をお預かりします。こちらは、モーターも乾電池も内蔵しない、ゼンマイでもない、
吊り下げた錘の重さで機構を動かす純正機械式の鳩時計です。本当に古いものです。


 

製造元、製造時期など何も分かりません。時針
(長針)や時刻文字の一部が失われています。


窓を開けると鳩(カッコー鳥)の人形?が
飛び出ます。素朴な造作に愛嬌を感じます。
 

錘を吊り下げる真鍮製鎖です。錆と汚れが
まとわり付き金属とは思えない状態です。
 

鋳鉄製で重量のある2個の錘は、それぞれ時計機構と
時報機構を駆動します。樹脂製ギミックではない本物です。

 

丁寧に木彫された振り子も、その周期に
時計のタイムベースが依存する本物です。

 

全体的に疲れて古びた印象が漂います。
長い年月、時を刻み続けてきたことが分かります。

 

再び時計として機能させることが
できるか、分解と点検にかかります。

 

箱組み背面の周囲に金属製の突起があります。
壁面に突き刺さり本体が傾かないようにする工夫です。

 

裏蓋を固定する木ネジは無くなっています。
仮止めのテープを剥がし裏蓋を開けます。

 

内部中央に時報機能を含む時計機構、それを両側
から挟むように時報用フイゴが組み込まれています。

 

真鍮製部品を巧みに組み合わせて構成された機構です。置時計
などに比較すると意外とシンプルな造りです・・が、これだけで時報
機能もカバーしているわけですから、その巧妙さに驚かされます。

 

ロッドを介したリンクにより、左右の
フイゴと鳩人形を動かします。

 

本体側面に開けられた穴から、フイゴ
下部のホイッスル(笛)が覗きます。

 

ロッド先端の折り曲げ部分を
戻し、リンクを解除します。
 

「ポッ」と「ポー」のフイゴ
それぞれのリンクを外します。

 

フイゴを取り外します。下部の
ホイッスルがネジ固定されています。

 

ホイッスルの箱組みも木製です。
柔らかく優しい「ポッポー」を奏でます。

 

フイゴの紙製蛇腹には
特に損傷がありません。

 

反対側のフイゴを外します。使用されて
いるネジは全てマイナスネジです。

  

フイゴを動かすロッドに加えて、鳩人形に
お辞儀をさせるロッドが取り付けられています。

 

こちら側のフイゴも損傷はありません。製作された
当時の「ポッポー」を聴くことが出来そうです。

 

時計機構は箱組みの中にステーを介して4か所でネジ固定されて
います。取り出すには先に表側の時針を外す必要があります。
 

この鳩時計はいつの頃からか長針が
失われています。後で補填しましょう。

 

長針の固定ネジを緩め、軽く
嵌め込まれている短針を抜きます。

 

4隅の固定ネジは完全に錆びています。ネジの
下半分が折れて板材の中に残ってしまいます。

 

時計機構本体からもう1本延びるロッドが、
窓と一緒に鳩人形を出入りさせます。

 

その固定ネジを緩めて
リンクを解除します。

 

長い鎖も機構を取り出すには邪魔になります。
フックの手前でいったん鎖を切り離します。

 

ようやく直接手にすることが出来ます。
華奢でこじんまりした印象の機構です。

 

しかし、全てのパーツの奥の奥まで
埃・汚れが広がりまとわり付いています。

 

1枚1枚の歯車の、そのまた1枚1枚の歯に汚れがこびり付き、確かめるまでも
なくとても動作しそうにない状態です。指先で触れているだけで部品表面の
汚れによるギスギス感がします。オーバーホールが必須の状況と言えましょう。

 

側面から覗くと、鎖に噛み合うスプロケットが確認できます。スプロケットを挟む
大歯車と円盤も、その内面に粘着質の汚れが広がり明らかに駆動を妨げています。
 

スプロケットの歯を避けながら
鎖を完全に抜き取ります。

 

風切車の抵抗板表面もこの汚れです。
何か大胆で強力な洗浄方法が必要です。

 

思い切って洗剤を使った水洗いをします。
精密機械に対して随分乱暴な方法ですが、

 

粘着性を伴う細かな埃のこびり付きは、中途
半端なクリーニングでは取り除き切れません。

 

ブラッシングで汚れを浮き上がらせ、
大量の水で洗い流すのが効果的です。

 

洗い流してから汚れの残りを確認します。平面部が
綺麗になると、隅や角に残る汚れが目立ちます。

 

洗剤を追加して歯の間や軸受の周囲などを
徹底的にブラッシングし、水洗いを繰り返します。

 

水洗いを終えると高圧エアで水気を吹き飛ばします。
自然乾燥させると隅や角に再び汚れが集積します。

 

高圧エアに続いて錆止めを含む潤滑剤を
隅々まで大量に吹きかけます。

 

ほとんどびしょびしょになるまで吹きかけ、軸受の内部
にも行き渡らせて残留している水分と置き換えます。

 

再び高圧エアを吹き付けて潤滑剤を大方
除去します。これも2・3回繰り返します。

 

最後に平面部分に残る潤滑剤
皮膜をウェスで拭き取ります。

 

取り外した鎖もまた、錆と埃と
粘着質の汚れで酷い状態です。

 

鎖は常時箱組みの外に出ているので、錆びの進行が
速かったようです。錆落とし用のケミカルを使用します。

 

漬け込んだ瞬間、液体の色が茶色に変化して
きます。表面の汚れが一挙に落ちているようです。

 

どす黒かった鎖が銅色になっています。材質は銅では
ないはずで、イオン反応によるものだと思われます。

 

徹底的に水洗いしウェスで
拭き取って乾燥させます。

 

潤滑剤を加えて磨き上げると
それなりに光沢を取り戻します。

 

文字盤の修復にかかります。
文字盤の周囲を刷毛で清掃します。

 

時刻を示すギリシャ文字が汚れているので、
アルコールで拭いてみます。あまり綺麗になりません。

 

欠損している時刻文字、時針(長針)を補填します。以前にも
時針を製作したことがあるので、その時のデータを再利用します。

 

時刻文字は1mm厚、時針は2mm厚の
アクリル板からレーザーで切り出します。

 

カラースプレーでアイボリー
ホワイト色を吹き付けます。

 

汚れていた短針も塗り直しました。
長針のデザインが今ひとつかも知れません。

 

瞬間接着剤で時刻文字を
元の位置に貼り付けます。

 

ギリシャ文字のアウトラインが微妙に
違っています。色も少し明るかったようです。

 

それでも元の文字盤に戻りました。周囲の
埃も取り除かれてすっきりしています。

 

煤けて疲れた印象の
鳩(カッコー)人形です。

 

大雑把な造りですが鳥の特徴を良く表現して
います。アルコールで汚れを丁寧に拭き取ります。

 

塗装の白がかなり蘇りました。同時に目の周りの黄色や口の中の赤が鮮やかさを
取り戻します。針金で細工されたリンクにより羽根が上下し、かつ口が開閉します。

 

時計機構を箱組み内に戻します。手前の切り欠きのある
リングが付いた歯車が、時報の回数を制御します。

 

窓を開閉させ鳩人形を出入り
させるリンクを接続します。

 

固定用の木ネジが途中で折れて
しまったので、新しいものに換えます。

 

ですが、内部に木ネジの破片が残っているため同じ穴に
打つことが出来ません。ステーの位置を変更します。

 

ステー4個分の取り付け面を水平に保たないと
時計機構に歪みを加え動作に支障が出ます。

 

ステーの角度を微調整しながら
時計機構をネジ固定します。

 

時計駆動用、時報駆動用、2本の鎖を
それぞれスプロケットに掛けます。

 

箱組み下部の穴から出たところで
取り外しておいたフックを取り付けます。

 

元はどのような色だったのか分かりませんが、そこそこの光沢が
出て装飾的に悪くないと思います。ここに錘が吊り下がります。

 

左右のフイゴを元に戻します。
元の穴と木ネジを再利用します。

 

フイゴを駆動するリンクの
ロッドを接続します。

 

作業も大詰めとなって来ました。
再塗装した短針を取り付けます。

 

続いて新しく作り直した長針を取り付けます。
2.8mmの角穴がシャフトに90度ごと嵌まります。

 

作業完了後に動作確認するため、工房内の壁面に木ネジを打って垂直に掛け
ます。箱組み上部の飾りつけは依頼者のご自宅に置いてきてしまいました。

 

長針を固定する止めネジです。
錆で黒変していたものを研磨しました。

 

真鍮の小さな光沢が
文字盤に気品を与えます。

 

残るは2個の鉄製錘を吊るだけ
ですが、錆が少し目立ちます。

 

艶消し黒のスプレーで
ざっと再塗装します。

 

振り子を取り付けます。葉形の位置を
上下させることで周期を調整します。

 

塗装が乾いた錘を吊るします。時計の
動作に伴い少しずつ下がってきます。

 

控えめですが錆や汚れが
隠れて品の良い印象です。

 

振り子がしっかり往復動作しています。非常に
安定した動作で調整の必要などありません。

 

毎時ちょうどに時刻の回数だけ、毎時30分に1回、窓が開き鳩(カッコー)人形が
出てきて可愛らしく「ポッポー」と鳴きます。乱暴とはいえ洗剤を使った水洗いだけで
機構の動作が復活しました。必要最小限のシンプルな機構により、目的の機能を
十分に発揮させる設計は、装置の安定性や耐久性にも効果が及ぶようです。その
設計の古さから、これまでになく修理が難航するかに思っていましたが、実際には
汚れを取り除いてあげるだけで、ほぼ元の機能を取り戻したわけです。現代の機械
設計・装置設計が忘れている大事な視点を、静かに物語っているように思います。

 
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