守谷工房開業以来、最大級の難題が降りかかってきました。最近、宅配便の
「置き配」需要に伴い増えてきた宅配ボックス、セキュリティを重んじるマンション
には集合住宅用の宅配ボックスが設備されています。とあるマンションで、この
宅配ボックスの調子が悪いので修理できないかとのご相談です。機器構成的に
さほど難度の高い案件とは思えませんが、問題は工房から800kmも遠くにある
四国松山市からのご依頼である点。昨年11月に最初のお問い合わせがあり、
現地まで出張など到底不可能と思いつつも、ご依頼主から再三の要請を受け、
この秋ついに出向くことに。製品に関する資料が乏しく、機器構成も使い方も
分からず、過去に修理経験もなく、修理どころか使ったことがなく、どんな部品・
工具を持って行けば良いか分からず、忘れ物をしても取りに帰る訳に行かず、
そして、いったい修理にどれだけ時間がかかるかも分からない・・、難題です。
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マンションの管理組合から管理会社を経由し、
担当者から守谷工房へご依頼が来ました。
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昨年12月に送られてきた宅配ボックスの
写真です。これだけでは訳が分かりません。
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パナソニックの前身ナショナル製で、設備当時の
施工・取扱説明書がPDFファイルで送られてきました。
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もう一つ、管理者向けの取扱説明書も送られてきました。
技術的な解説は最小限ですが隅々まで熟読します。
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管理員の方がまとめて下さった不具合の状況です。先ほどの取扱説明書を
何度も読み返すうちに少しずつ意味が分かってきました。しかし、実物がない
環境でいくら不具合状況を想像しても、修理作業の不安解消にはなりません。
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修理できる見込みは低く、「ダメモト」でもよろしい
とのご了解のもと、ついに出発の日を迎えました。
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主に守谷市近辺で仕事をしている守谷工房が、
飛行機に乗って出かけるなど異例中の異例です。
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松山行きのANA589便です。機内でも資料を読み返し最終
確認します。ツールボックスは宅配便で現地に発送済みです。
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愛媛県松山市に到着です。守谷を出て5時間弱が
経過しています。期限は出発日を含め3日間です。
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管理会社の方が空港に出迎えて下さり、15時過ぎに
目的のマンションに到着です。初日は寒々しい雨天です。
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松山市内北東部に位置する瀟洒なマンションです。
築15年ほど経過するも壁材の高質感が褪せません。
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エントランスを入り管理員室の
横を過ぎて1階廊下に進みます。
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左手に入り込む小部屋のようなスペースが
あり、入口に〒のマークが見えます。
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何度も写真で見てきた宅配ボックスです。
上方半分は普通のメールボックスです。
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マンションの中から見ているので、こちらは
ボックスの取り出し(受け取り)口になります。
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いったんマンションの外に出て、
ボックスの配達口側を確認します。
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建物横の外通路を進むと、その途中に
鉄製の重厚なドアが設けられています。
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ドアは施錠されておらず、郵便配達員や宅配業者が
いつでも出入りできます。もちろん防犯カメラ付きです。
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中に入ると、これも写真で何度も見た光景です。
メールボックス・宅配ボックスの配達側です。
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配達時の注意書きがあります。長い間、
不具合に悩まされてきた様子が分かります。
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さて、仕事開始です。現地に到着したら
どこから点検するか、事前に決めてあります。
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最初は右端の高さ6尺のボックスです。
操作に対し「反応なし」とメモにあります。
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これだけの高さがあればかなりの長尺荷物を収容
できます。扉を開けると上端に操作パネルが見えます。
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パネルの操作方法は頭に叩き込んできました。配達時の手順に従って
操作してみます。まず、右上の「配達」ボタンを押します。この瞬間に
表示器が点灯し「0000」と表示されるはずですが、何も表示されず
暗いままです。メモにあった通り、「反応なし」です。それと、ボタンを
押すたびに「ピッ」と反応音が鳴るはずですが、何も聞こえません。
そもそも通電しているのかどうかが疑わしい状況です。管理会社は
製造元のパナソニックを始め、既にいくつかの修理業者に当ってみた
そうです。パナソニックのサービスマンは、ろくに調べもせず「基板」が
故障しているので修理できない、の一言で引き揚げていったそうです。
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まだ修理・・ではなく調査を開始して間もないのですが、
基板の故障以前にもっと根本的な問題のような気がします。
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左側面に上下に延びるカバーが
ネジ固定されています。外してみます。
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ネジ2本で取り付けられている
だけです。簡単に外れてきます。
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カバーの中から早速配線が出てきます。
ツイストペアにしては結構太いケーブルです。
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実装に関する資料が全く無いので
ケーブルの機能を判断する術がありません。
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上端の操作パネルから降りてきて、中継コネクタを
介して他のボックスに延長されているようです。
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ボックスの天井にも小型のカバーが
ネジ固定されています。外してみます。
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反対側、取り出し口側扉の開閉ステーが
収納される、その隙間を作るカバーでした。
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先ほどの中継コネクタを点検してみます。
差し込みに少し力を入れた瞬間です・・・
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操作パネル内から「ピッ」と音が鳴り、見上げると
何と表示器に「0000」が点灯しています。
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テンキーを操作することができ、予めテスト用に設定
しておいた部屋番号「103」号室を入力してみます。
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手順通りに操作を進めます。荷物をいれたことにして、
ドア取っ手の奥にある施錠セットボタンを下に下げます。
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最初に点検を進めている右端縦長ボックスの正面反対側、左端に捺印装置が
組み込まれています。宅配業者等の伝票に受取印を押す装置です。ボックスの
施錠セットボタンを下げ扉を閉じると、正常に機能していればボックス操作パネル
から短く「ピピッ」と応答音が鳴り、捺印装置の表示器に「103」と先ほどの部屋
番号が表示されなければなりません。そして「確認」ボタンを押すと、挿入口が
開いて中に伝票を差し込むことができるはずです。が、何の反応もありません。
もちろん捺印装置や制御回路が故障している可能性もありますが、応答音が
鳴っていないことから、ボックス側にまだ不具合が残っていないか疑います。
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ボックスの操作パネルは取りあえず動作しているので、荷物
収納後に操作する施錠セットボタンの状態を確認します。
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樹脂製のカバーを外し固定ネジを緩めると、
施錠セットボタンを含む錠ケースを取り出せます。
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簡易的な構造ですが、厚手金属板で
構成される錠ケースを分解します。
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なかなか複雑な部品構成です。その中に
2個のマイクロスイッチが内蔵されています。
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1個(写真右側)は施錠セットボタンの検知用、
もう1個(写真左側)は扉の開閉検知用です。
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このマイクロスイッチ、掃除機のパワーヘッド
組み込み用とよく似ており、故障が多い部品です。
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回路計を当ててみると案の定、導通がありません。老眼に
ムチを打ち、分解してケミカルで接点を復活させます。
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新品に交換したいところですが、この状況では到底
不可能です。接点が復活すると捺印装置も無事に作動。
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右端の縦長ボックスが復旧すると、驚いたことに故障していた残る4台も
取りあえず動作するようになりました。集合住宅用の宅配ボックスは、設置
環境により各サイズのボックスを必自在に組み合わせなければなりません。
「宅配インターフェイス盤」から各ボックスへ個別配線したのでは大変なことに
なります。電源配線、信号配線とも各ボックスはひと続きのカスケード接続に
なっており、特に信号配線はRS422ツイストペアを介し、何らかのプロトコルに
基づき宅配インターフェイス盤と通信しているようです。おそらく縦長ボックスは
カスケードの上流に位置していて、その下流に接続されていた他ボックスが
同時に復旧したものと考えられます。さて、まだ問題は残っています。中段に
組み込まれているSサイズボックスの1台は、正常に動作するようになった
ものの、例の「ピッ」という応答音が全く聞こえてきません。調査続行です。
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縦長ボックスと異なり、操作パネルを差し引いた
内部はこの通り手狭です。左側のカバーを外します。
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カバー内部にはやはりカスケード
接続用のケーブルが通っています。
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左奥上面のカバーを外します。中に取り
出し口扉の開閉ステーが収まっています。
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カバーを取り除くと、操作パネルを含む
ユニットを固定するネジがあります。
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右側奥の上面にもう1本ユニットの
固定ネジがあります。いずれも緩めます。
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固定ネジが外れるとユニットを移動させることができ
ます。配達側から受け取り側に押し込む方向です。
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マンションの中に移動し、受け取り側から作業を続けます。
配達側から押し込んだユニットが少し飛び出ています。
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配線を強く引きずらないよう、手応えに
注意しながらユニットを徐々に引き出します。
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ボックスと同じ幅の大きな金属製トレイに、このちんまりした基板です。
基板上にアナログ感漂う電子ブザーが載っています。応答音を出して
いるのはこの部品ですが、壊れているのでしょうか・・。電子ブザーの
半分は機械部品なので、故障する可能性は十分あります。サービス
マンが言っていた「基板」の故障は、まぁ間違いではなかったという
ことですか? いや、電子ブザーはボックスの根本機能ではない?
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パナソニックサービスの良し悪しは置いて、
応答音が鳴らない原因を特定します。
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電子ブザーの端子から配線を取り出し、回路計に
接続します。操作ボタンを押すと、一瞬電圧が出ます。
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パルス電圧の印加なのか、それとも信号波なのか
確認するため、携行した小型オシロを接続します。
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パルス波です。直流用の電子
ブザーであることが確定です。
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基板裏面に電子ブザードライブ用のSMDトランジスタ(Q17)があります。
ここにも電圧が出ているので回路は正常です。電子ブザーの故障は疑う
余地がなく、交換用部品を手に入れる必要があります。現地に到着して
からここまで一気に作業してきて、外はとっくに日が暮れています。到着
したその日に、不具合の原因特定とひと通りの復旧まで漕ぎ着けました。
まだ明日と明後日2日間の時間があるので、今日の作業はここまでにして
宿泊場所に向かいます。有難いことにホテルは道後温泉本館の隣です。
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道後温泉本館「霊の湯」に浸かり翌日、マンションに顔を
出してから部品を求めにタクシーで市内へ出かけます。
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2日目の火曜日は低気圧が去り、秋晴れの中
市の中心部を挟み反対側までやってきました。
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守谷出発前にネットで調べたところ、松山市内に「たいていの部品は揃う」と
口コミのある電子部品販売店を見つけました。冨田電子器機さん(機器では
ありません)は、東京秋葉原の部品店が1軒移ってきたかのような店舗です。
秋葉原の部品店が激減している中、むしろ地方都市の方がこのようなお店が
残っているのではないかと思います。電子ブザーの在庫はあるでしょうか。
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店舗内の光景です。入り口を入った手前に
部品陳列棚が並び、その奥はカウンターです。
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陳列棚は右奥に延び、壁面にも数多くの電子部品が
吊り下げられています。廃盤TRなど貴重品が豊富です。
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まる1日時間を潰せそうですが、電子ブザーを探します。
店のご主人が在庫を教えてくれます。5種類ほどあります。
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駆動電圧が不確かなので電圧違いを何種類か、
それと接触不良のコネクタも交換部品を手に入れます。
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店のご主人(多分冨田さん)と、秋月電子を知っているとか、松山まで
何をしに来たとかしばし談笑し、地方でこのようなお店を長く続けて
いらっしゃることにお礼を申し上げて帰路につきます。電子ブザーは
基板実装用こそ在庫がありませんでしたが、リード付きでもOKです。
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壊れている電子ブザーを
基板から取り外します。
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高温度溶融半田が使用されています。ツールボックス内の
半田ごてを、温度制御付きに取り替えてきて正解でした。
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正確に確認できていませんが、回路計の振れ
からして3Vくらいのドライブ電圧かと思われます。
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元の取り付け位置にちょうど
収まるサイズです。
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シルク印刷で+-の表示があるので
極性はそれに従い配線、半田付けします。
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電子ブザー本体の固定は必殺瞬間接着剤です。何が
あるか分からないので予備を数本持ってきています。
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仮り配線し通電して動作を確認します。元の電子ブザーよりも微妙に
周波数が高く、可愛らしい音色です。これで応答音の問題も解決です。
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基板をトレイ内に戻します。サービスマンが言った
ように、確かに基板上に不具合はありましたが・・
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もし補修用部品(基板)が残っていたとして、
基板ごと交換するほどの不具合でしょうか。
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取りあえず宅配ボックスは復旧していますが、
大元の原因は中継コネクタの接触不良です。
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差し込み直しで復活しているだけではとても安心
できません。購入してきた新品に交換します。
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中継部の両コネクタとも切り落とします。作業中も
通電状態(5~12V)なので短絡に注意します。
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切断したビニル線の端を処理し直します。
芯線を剥き出し半田上げしておきます。
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コネクタピン(オス・メス)は、専用圧着工具がない
ので半田付けします。予め半田を落としておき、
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ビニル線にしっかり半田付けします。
さらに金具を折り曲げて固定します。
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冨田電子器機で調達したコネクタ外装部です。
耳付きでしたが不要なので取り除いてあります。
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コネクタピンをロックするまで内部に押し込み
ます。もう1本の4Pコネクタも同様に加工します。
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縦長ボックスとはいえ、横幅のない狭い空間での
しんどい作業を完了させコネクタ同士を接続します。
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2日目火曜日の夕方、予定していた作業が
全て完了しました。残るは動作確認です。
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不具合のあったボックスを中心に、ひたらすら外の配達側から「配達」の
操作を行い、マンション内の受け取り側に戻っては「受取」の操作を繰り
返します。全ボックスが快調に動作しています。電子ブザーを交換した1台
だけ応答音が可愛らしくなった点を除けば、元の状態に復活しています。
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作業を終えて工具を片付けた時、大変なことに気づきます。
内外を行き来するためお借りしていたマスターキーです。
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返却しようにも行方不明です。もし紛失しよう
ものなら、セキュリティ上大変なことになります。
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修理作業を終えて浮付いていたのか、収納
した工具の中に紛れ込んでいました(-_-;)。
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最終日の3日目(水曜日)を残して、
宅配ボックスの修理作業は完了です。
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仕事を終えてマンションを出ると、町の
風景がどこか風情を伴って映ります。
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昨夜味わった霊の湯の入り口は、
道後温泉本館の裏側にあります。
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日が暮れて、温泉の順番を待つ人々が入り口の周りに集まっています。
今夜も楽しもうかと考えたものの、張っていた気合が一挙に解けてその
ような気になれません。ホテルのバスルームで珍しく長湯に浸ります。
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3日目水曜を迎えます。夕方の飛行機なので丸1日
時間が空きます。道後温泉界隈をぶらぶらします。
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道後温泉駅に停泊中の坊っちゃん列車、隣りに
造られた坊っちゃんからくり時計を見物します。
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その後、宅配ボックスの動作を確認する
ため、もう一度マンションに出向きます。
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先に外の配達側を覗いてみると、既に
このようなお知らせが張り出されています。
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1台ずつ全ボックスの動作を確認していきます。
その後、ランダムに操作を繰り返します。
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電子ブザーを交換したSサイズのボックスです。
扉を開けてダミーの部屋番号を入力します。
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施錠セットボタンを
下げ扉を閉じます。
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捺印装置に「103」が表示され、ボックスの扉が
施錠されます。配達の機能は正常に動作しています。
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施錠されて使用中となったボックスは、扉に付いている赤いランプが
点灯します。同時に受け取り側に配達先の部屋番号が表示されます。
さらに・・、実は配達物があると届け先住戸のインターホンに、配達を
知らせる表示が出るそうです。管理員さんの協力を得て、この機能も
確認することが出来ました。入念に動作確認したつもりですが、これ
以上ここに居てできることはありません。マンションを後にします。
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まだお昼前の時間帯で、飛行機の出発までは
かなり時間があります。のんびり市内見物します。
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坂の上の雲ミュージアム(伊予鉄道大街道から
徒歩2分)を、半日かけてゆっくり楽しみます。
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マンション管理会社の方に市内で
ピックアップいただき空港に向かいます。
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17:15発東京羽田行き596便です。
エアバスA321が就航しています
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夜間飛行なので空を飛んできた感覚もなく、
座席のモニターでコントを楽しむうちに羽田着。
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京浜急行線、JR上野東京ライン、つくば
エクスプレスを乗り継ぎ、無事守谷へ帰還。
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最大級の難題を何とか乗り越え、それはもう安堵しております。ですが、
修理してきた松山の宅配ボックスは、明日にでも再び故障する可能性が
ゼロではありません。修理箇所以外の部分が新たに故障する可能性も
十分にあります。仮に「またダメです」と連絡が来ても、おいそれと現場に
戻れないもどかしさがあります。どうかしばらくは持ってくれ、と祈るしか
ございません。今回の修理作業を、遠く愛媛県松山市から依頼下さった
マンション管理組合様、この度のご依頼有難うございました。そのご依頼を
中継し、ここ約1年間にわたり工房の諸事情を理解され、計画の実施を
長く待って下さった管理会社(穴吹ハウジングサービス西日本支社様)、
直接ご担当下さった同社分譲四国事業部松山支店の吉田様に、心より
お礼申し上げます。吉田様にはご多忙の中を航空便や宿泊先の手配、
空港や宿泊先までの送迎など、細々とお世話いただきました。現場での
作業中には、マンションの管理員さんにも色々と助けていただきました。
宅配ボックスが少しでも長く機能し、お役に立つことになれば幸いです。
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