工房に届いたレザー張りのケース、大きめのお洒落なバッグのように
見えます。ご依頼主からは、レコードプレーヤを修理して欲しいと
予め連絡をいただいておりますが、とてもそのようには思えません。
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分割された上下のレザーケースが
堅牢なバックルで合体されています。
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バックルを解除すると上側の
ケースが持ち上がります。
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確かにレコードプレーヤです。お洒落なレザーケースの中に、
レトリックなレコードプレーヤが収まっています・・そうではなく、
レコードプレーヤに合わせてレザーケースが作られています。
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上下のケースはこの金具で連結され、
上側ケースを自立させることができます。
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上側ケースにも何か装置が組み込まれており、
どうもスピーカーユニットが内蔵されているようです。
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上側ケースの奥まったところに
コードが仕舞い込まれています。
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1本はケース内に組み込まれた
スピーカーユニットに接続されます。
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もう1本は電源コードです。ある日突然動かなくなった・・
そうで、取りあえずコンセントに差し込んでみます。
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赤丸の付いた回転つまみが、電源
スイッチと音量調節を兼ねています。
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電源が入っているはずですが、アームを動かしてもターンテーブルが
回り出しません。ある日突然動かなくなった・・ままのようです。
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ターンテーブルを外してみます。堅牢な
ダイキャスト製で意外と重量があります。
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アイドラーがターンテーブルの外周に
接触し回転させるリムドライブ方式です。
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製造年など不明ですが相当の年代物に違いありません。
ご依頼主からはフィリップス社製と聞いております。
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プレーヤユニットのフローティング固定ネジを
外しますが、まだ取り出すことができません。
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レザー張りされた内側カバーの
固定ネジを全て緩めます。
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固定ネジはどれもマイナスネジです。プレーヤ
ユニットごと内側カバーが浮き上がってきます。
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年代物と分かっていたはずですが、内部が露になると驚かされました。
ソリッドステート化される以前の実装です。シャシーに固定された各部品が
ビニルコードによる直接配線で接続されています、いわゆる空中配線です。
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とりわけ驚かされたのは、増幅回路が
真空管で構成されているところです。
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真空管2本のうち1本はRWN製EF86、現在も流通する
電圧増幅管です。ヴィンテージ品は1本1万円以上します。
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もう1本はEL84、こちらもポピュラーなパワー段用
電流増幅管でTELEFUNKEN社(ドイツ)製です。
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真空管回路用に数百ボルトの高圧を供給する電源トランスです。
中学生の頃、真空管ラジオで強烈に感電した記憶があります。
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増幅回路部分の配線です。部品の固定や中継にラグ板が使用されています。
完全に手作業による実装で、部品をバランスよく合理的に配置し配線する
芸術的な技能(アートワーク)が求められます。半田付けの跡が秀逸です。
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ターンテーブル駆動用のモーターです。
単相隈取りモーター・・だと思います。
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鉄芯の後方張り出し部分に、2系統の
界磁コイルが巻き付けてあります。
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レトリックな機器の雰囲気に浸っている場合では
ありません。電源が入らない原因を探します。
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差し込みプラグと本体内部への
電源引き込み間の導通を点検します。
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コンセントにプラグを差し込むと、音量調整兼
電源スイッチの入力端子に100Vが出ます。
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電源スイッチをONにした状態では、
出力端子にも100Vが出ています。
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電源スイッチを出た1本は、電源トランス下に
組み込まれたヒューズホルダに接続されています。
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電源スイッチを出た他方1本との間で、電圧を
確認します。ヒューズ入り口は100Vです。
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ヒューズ出口側に電圧が確認されません。
ヒューズが切れているだけ・・のようです。
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ターンテーブルを外した状態で、内側から
ヒューズを簡単に交換できる構造です。
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押さえ金具を外し、キャップを取り去ると
手が届くところにヒューズが見えます。
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何やらドイツ語の注意書きがあります。
ヒューズは0.4A、250Vの指定です。
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ヒューズを取り出してみると、確かに溶断しています。
突然電源が入らなくなった原因、そのものです。
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ヒューズの容量を確認すると、0.4A
指定のところに0.5Aが使われています。
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さすがに0.4Aのミニヒューズは入手できそうに
ありませんので、同じ0.5Aを使用します。
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電源を入れるとかすかなモーター音が
してアイドラーが回転し出します。
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ターンテーブルを元に戻すと安定した回転を見せます。モーター音、
摺動音、ゴロゴロ音などもなく、この時代のターンテーブルとしては
秀逸です。回転数を78、45、33、16rpmに切り替え可能です。
1本のヒューズ交換だけで修理は終わりか、と思った次の瞬間・・・
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ターンテーブルとレザー張りケースの隙間からうっすらと
煙が立ち昇り、何やら部品が焦げる臭いがします。
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慌てて電源を切り、再度レザーケースを
分解し点検します。異臭原はこの抵抗器です。
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耐圧385V、32uF+32uF高圧電解
コンデンサの両端子間に接続されています。
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発熱により表面の塗料が溶け出しています。
カラーコード緑・赤・黒が見えますが判然としません。
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回路計による実測では12kΩくらいです。コンデンサ端子間の電圧が
400V以上あるので、30数mAが流れ10W以上消費している計算です。
0.5Aヒューズが飛んだのはこれが原因でしょう。工房の在庫部品から
一番ワット数の大きそうな22kΩを選びます。2個のコンデンサ間で
印加電圧の段差を緩和するくらいでしょうから、何とかなると思います。
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リードを補いコンデンサの端子に
がっつり半田付けします。
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抵抗器を接続した状態で電圧を測ると
350Vくらい、消費電力は5W強です。
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ほとんど発熱してこないので良しとします。
結果、ヒューズ交換だけでは済みませんでした。
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スタイラスチップ(針先)を指で触れると雑音が
聞こえるので、増幅回路も動作しているようですが・・
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念のため自宅に持ち帰り、保管してある
古いレコードを実際にかけてみます。
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1985年「翼の折れたエンジェル」の中村あゆみも、
このレトリックなプレーヤの前ではほとんど新人類。
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PHONO入力を2球増幅でスピーカー駆動へ、上側カバーに内蔵された
スピーカーも当時の非力な製品で、とても音量や音質を評価できる環境
ではありませんが。何とか中村あゆみが分かるそれなりの再生音です。
ターンテーブルがなかなか安定して回転し、真空管回路が本来の設計
通りに機能するようになった時点で、修理作業終了とさせてもらいます。
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