守谷工房のリペア4へ                守谷工房Topへ

・トースター発熱板の補修(2021.2.2)

トースター修理のご用命を時々頂戴します。何かの記念にいただいたとか、
子供さんが気に入っているとか、何某かの思い入れがあってご依頼に至る
ようです。今回は電子タイマー式のポップアップトースターで、同時に2枚の
食パンを焼けるところ、何故か1枚の片面だけが焼けないとのことです。

 

動作確認すると、中央の発熱板の
片面が通電していないようです。

 

電熱線が破断しているのか、どこかに
接続不良があるのか、分解してみます。

 

中央の発熱板を取り出してみると、何と
マイカ製耐熱板の上部が欠損しています。


細い波板状の電熱線が巻き付けられており、
耐熱板の欠損部分は宙に浮いた状態です。
 

欠損部分がトースターの内部に落ちて
いました。破断面を合わせてみます。
 

破断面が一致するので、欠損したのは
この2枚の破片で間違いありません。

 

せっかく破片が残っているので、
欠損を補修できないか考えます。
 

取りあえずセロハンテープで
破片を固定しておきます。

 

破断の補修は接着・・でしょうけれど、赤熱状態で
ニクロム線の表面は800℃前後に到達します。

 

この高温に耐える接着剤としてセメダイン社の
製品
を選びます。耐熱温度1100℃です。

 

製品名は「パテ」ですが、乾燥固化した時点で
十分な強度があれば接着剤として使用できます。

 

破断面を正確に合わせ、作業中に
位置がずれないようテープで固定します。

 

チューブから少量のパテを押し出し、
細いドライバーの先に取ります。

 

破断面(線)に沿って
パテを置いていきます。

 

マイカ製の耐熱板に対してどのくらいの
喰い付き(接着性)があるのか全く未知です。
 

水分を含んだパテの状態では十分喰い付きますが、
乾燥固化し高熱に晒された時点ではどうでしょうか。

 

片面の塗り付けを終えました。破断面の
両側にパテが跨るよう調整します。

 

パテが柔らかいうちは動かせません。
テープで固定した状態を維持します。

 

ひと晩放置してパテを乾燥固化させます。製品仕様によると完全硬化には
24時間かかるそうです。製品用途は「湯沸かし器、ストーブなどの排気管と
壁面の隙間の充填」、「排気管接合部のすきまのシール」、「煙突、排気管
などに空いた穴の補修」となっていますが、果たして用をなすでしょうか。

 

翌日、乾燥固化したパテを確認します。ドライバーの
先で突くとかなり固くなっていることが分かります。

 

持ち上げても欠損部分は脱落しません。
裏返して反対側にもパテを付けます。

  

表側と同じようにパテを置いていきます。両面から
支持すればそれなりの強度が期待できそうです。

 

高く盛り付けた方が強度を確保できますが、
電熱線を戻す時に支障が出るかも知れません。

 

ひと晩ではなく1昼夜、24時間以上
放置して完全に乾燥固化させます。

 

電熱線を戻す前に耐熱(耐火)試験を行い
ます。ブタンガスのバーナーを用意します。

 

バーナー炎の温度は1000℃以上に
達するので、耐熱試験として十分です。

 

乾燥固化しているパテ盛り部分に炎を当てて
加熱します。マイカ板の一部は赤熱します。

 

さすが耐熱温度1100℃です。炎に晒されたパテは、色が白っぽくなるものの、
剥離したり、形が崩れたり、あるいは溶け出すような様子は見られません。
 

マイカ板の欠損部分をしっかりと
つなぎ留めているようです。

 

何度かバーナー炎に晒した後、
パテの固さを確かめてみます。

 

ドライバーの先で突くと、意外と簡単にパテが崩れてきます。自然に乾燥固化
させた直後(バーナー炎に晒す前)よりも脆い感じです。理由として、まだ乾燥
固化が完全ではなく、バーナー炎で加熱したことにより内部に残留していた
僅かな水分が強制的に追い出されたからでしょうか。電熱線により繰り返し
加熱されることを考えると少々心配です。実は、耐火パテにより補修を終えた
トースターを一度はご依頼主にお返ししたところ、配送途中で補修部分が
剥がれ落ちたようで、再度修理のため工房へ送り返していただきました。

 

乾燥固化後のパテの脆さを何とかしなければなり
ません。次に選んだのがRUTLAND社接着剤です。

 

ストーブのガスケット補修用の
接着材で常温では液体です。

 

熱が加わると固化するそうで、パテと併用する
ことでパテの脆さを補うことができるかも知れません。

 

ドライバーの先に少量ずつ取り、
パテの上から塗り付けてみます。

 

乾燥固化したパテは表面が多孔質なので
パテの内部まで浸み込んでいるようです。

 

乾燥時間が数時間と短いのですが
念のためひと晩置いて乾燥させます。

 

翌日、接着剤を塗布した面は樹脂が固まったような
状態です。再びバーナーで耐熱試験に臨みます。

 

結果はまるでダメです。熱が加わると瞬く間に接着剤が
変質し、泡のような結晶質のような物質が生成されます。

 

しばらくバーナー炎を当てた後はこの有様です。接着剤の容器をよく
確認すると、「Withstands 800°F」の表示があります。耐熱温度
摂氏427°に過ぎません。バーナー炎はもとより電熱線の温度にも
耐えられるわけがありません。接着剤の選択を完全に誤ったようです。

 

のような生成物をドライバーの先で触れてみます。耐熱
温度を超えた高温で、接着剤が溶け出し沸騰したようです。

 

泡が冷えて再び固まるとほぼ粉末状態です。
崩れ落ちて食パンに付着しようものなら大変です。

 

結局、一番まともな修復方法に戻り
ます。耐熱板を新たに作り直します。

 

しかし、材料となるマイカ板など手に入らないかと
思っていましたが・・ありました。それもAmazonに。

 

塗り付けたパテや接着剤を綺麗に落とします。
綺麗に落ちてしまうところが改めて残念です。

 

新しいマイカ板に重ねます。強度的には
0.2mmくらいの厚みが必要です。

 

元の耐熱板の形状をサインペンで
なぞります。同形状の板を作ります。

 

中央の発熱板なので表裏両面に電熱線を巻き付け
なければならず、電熱線をかける溝の形が複雑です。

 

型取りした通りに切断します。鉱物であるマイカに
しては、意外やカッターナイフで簡単に切れます。

 

力を入れて1回で切り離すのは禁物で、
スケールに沿って数回刃を入れます。

 

無理に力を入れると、切断線を外れ
あらぬ方向に割れてしまいます。

 

電熱線がかかる溝を丁寧に
切り込んで行きます。

 

切断を終え外しておいた電熱線を元通りに巻き
付けます。電熱線を切る(折る)と即アウトです。

 

耐熱板の両面を下部→上部→下部と往復する巻き方で、
しかも電熱線が交差しないよう良く考えられています。

 

耐熱板上部の中央にある切込みから
電熱線が裏側に回り込みます・・なぁるほど。

 

電熱線の両端です。電力を供給する
金属製の端子が取り付けられています。

 

この金具は元々耐熱板に固定されて
いました。固定用の穴を開けます。

 

穴に金具の突起を差し込み
裏側で折り曲げて固定します。

 

2個の金具は表側と裏側で取り付け位置をずらすことで、互いに
接触しないように工夫されています。新しい発熱板の完成です。

 

トースター本体に組み込みます。前後して押し
下げレバーを調整し内部をクリーニングします。

 

作り込まれた内部を観察します。食パンを保持し
発熱板から一定の距離を保つ構造が良く分かります。

 

食パンを均一にこんがりトーストするため
奥の深い設計がなされているものです。

 

元々底板はハトメにより固定されていました。
分解時に壊してしまったのでネジを用います。

 

ネジ(ハトメ)穴がやや大きい
のでワッシャを入れておきます。

 

発熱板を取り外す際に、電力の供給線を
いったん切断せざるを得ませんでした。

 

単なる半田付けが危険であることは明白です。
スポット溶接ができれば良いのですが・・。

 

電力供給用の導線を互いに引き寄せて重ね合わせ、
ステンレスワイヤーで固定した上でロウ付けします。

 

紆余曲折を経たトースター修理でした。結果は発熱板の作り直しによりほぼ
製品本来の状態に修復できたと思います。振り返ってみると、パテによる
破断面修理でも、丁寧に作業し十分に乾燥固化させれば特に遜色のない
修復ができたかも知れません。そうすればご依頼主に再修理の手間をかけずに
済みました。今回の修理により、耐熱~耐火領域の対処方法について色々と
学ぶことができました。こんがり焼き上がったトーストは美味しいものです。

 
守谷工房のリペア4へ                守谷工房Topへ