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AWMカセットデッキの常習的トラブル(2024.5.25)


BOSE社製AWM(Accustic Wave Music)の修理依頼が
ほぼ定期的に入ってきます。CDの再生不良と並び多いのが
カセットデッキの不調です。これまでの修理経験から、その
不具合には共通点があり、少し前までは完全にお手上げで
修理不能だった問題に、今回は抜本的な解決策を講じます。

 

AWMのカセットデッキはオートリバース
機能を備えるなかなか贅沢な仕様です。
 

多くのAWMでボタンを操作しても
テープの再生が開始されません。
 

再生方向の変更が機能せず、内部から
機構の作動音が聞こえるだけです。

 

カセットカバーを開けてみると、ヘッド
ブロックが上下すらしてないようです。
 

AWMの分解にはすっかり慣れました。CDドライブや
カセットデッキを実装する上カバーを丸ごと外します。

 

本体後方から見て右側のほぼ
半分がカセットデッキ部です。
 

上カバーにネジ固定されている
ので、ネジを緩めて外します。
 

樹脂製カバーに対して4本の
タップネジが使われています。
 

1本は回路基板の下に隠れていますが、
基板にドライバーを通す穴が開いています。
 

機構の制御系と録再信号系のケーブル
(コネクタ)を外し、デッキを取り出します。
 

反転させると上面のカセットテープ
ホルダー(ヘッドブロック)側が見えます。
 

正常ならばヘッドブロックを手で
押し上げることができるはずですが、
 

何かにロックされているのか、ピンチローラーが
キャプスタンに接触することもできません。
 

反対方向からも確認してみます。
ヘッドブロックが固着したままです。

 

再生方向に対応するピンチローラーが
キャプスタン位置まで移動するはずです。
 

AWMカセットデッキのオートリバースは、再生方向に
より180度回転する特殊なヘッドが実現しています。
円形のダイキャスト製ベースにヘッドが取り付けられて
いて、ベースの回転によりヘッドも正確に回転します。

 

ヘッドに接続する信号線には、頻繁な回転に対応
するため柔軟なフィルム配線が使われています。

 

円形ベースを貫通して後方に引き出されて
います。ヘッドが回転するたび捻れて追随します。
 

配線は小さな樹脂製部品の穴から出てきますが、
この部品は周囲に歯が刻まれ、つまりギヤです。
 

そのすぐ下で、レバーの付いた
扇形のギヤが噛み合っています。
 

両者が適切に噛み合っていれば、レバーの移動でギヤに回転が
伝わり、すなわちヘッドがスムーズに反転するのですが。途中で
何かに引っ掛かりギヤが回転しません。樹脂製部品をよく見ると
1か所にクラックが入っています。クラックのせいで歯の間隔が
広がり、回転を伝達できなくなっていることが不具合の原因です。

 

ヘッドをデッキ本体に固定
するホルダーを外します。

 

左右2か所のネジで
固定されています。
 

ヘッドをホルダーごと引き上げます。本体
側にはレバーが入り込む水があります。

 

デッキを上下逆にし、ヘッド部を
デッキの裏側に寄せます。
 

ヘッドからの信号を中継する基板です。
フィルム配線はここに接続されます。

 

フィルム配線をいったん取り外さないと
この先の作業が進められません。
 

フィルムが除かれ配線が剥き出しの部分が
あります。基板のスリットに半田付けされています。

 

半田吸い取り線で半田を取り除き
フィルム配線を引き抜きます。
 

このスプリングにより、レバーおよび
ギヤの回転がスナップ動作します。
 

フィルム配線が引き出されている穴には
金属製のスリーブが挿入されています。
 

スリーブ端が外周方向にめくられてギヤを
固定しています。ニッパでめくれを解除すると、

 

クラックの入った樹脂製ギヤを
引き抜くことができます。
 

フィルム配線を細く丸めると
ギヤを移動させられます。

 

フィルム配線を傷めないよう慎重に
移動させ、配線端から引き抜きます。
 

あらためてギヤのクラックを確認します。当時のBOSE社一連の
製品には、同じ材質と思われるギヤなど樹脂部品が多く組み
込まれ、同じようにクラックが生ずる不具合が少なくありません。
もちろん同じ樹脂材は他社でも広く使われているので、BOSEに
限ったことではありませんが。それにしても、この小さなギヤ
1個がAWMのカセットデッキを使い物にならなくするのです・・。

 

ギヤを再生できればデッキは復活します。
光造形3Dプリンターならば可能では?

 

レバーの回転をスムーズに受け止めることができれば
良いので、ノギスで実測した諸元で何とかなるでしょう。
 

測定結果をCADに反映します。スナップ用スプリングが掛かる
突起も加えなければならず、それなりに複雑な造形です。

 

FDM式3Dプリンターではこの微細構造は出力し切れません。
年度当初から導入している光造形(LCD)3Dプリンターなら、
38µmの分解能があるので理屈上では十分再現可能です。

 

スライサーの設定や露光時間を何度か調整した後、
見た目には素晴らしい出力があっさり得られました。

 

光造形で部品を再生する仕事は、光造形
3Dプリンター初仕事
を皮切りに増えています。
 

光造形3Dプリンターでは、同じ部品を1個
作るも10個作るも時間が変わりません。

 

サポートから丁寧に切り離し、角度を変えて
さらに紫外線を当て十分に2次硬化させます。
 

歯の1枚1枚や突起の造形も十分綺麗で、CADに描いた通りです。
もちろん見た目はどうでもよく、ギヤの径や歯先形状が正確に再現
されていることが重要です。その点は、ある程度部品を組み上げて
動作を確認してみないと分かりません。突起部の強度も心配です。

 

フィルム配線の端を丸め、
ギヤの穴に通します。

 

さらにスリーブを通します・・が、
ギヤの穴が小さく嵌まりません。
 

ノギスによる計測では、このような微妙な
寸法関係まではカバーできません。

 

出力し直しでは面倒なので、ヤスリで
穴を広げます。少しきつめに入ります。
 

スリーブの端を加工せずともギヤは
定位置にしっかりとどまっています。

 

外しておいたレバー付き
扇型ギヤを元に戻します。
 

両者の噛みあいを確認します。レバーの
可動範囲内で滑らかに噛み合えばOKです。

 

レバーを動かしギヤの他端
での噛み合いを確認します。
 

結果は全く問題ありません。途中クラック部で引っ掛かり、
回転できなかったギヤおよびベース+ヘッドが、淀みなく
動作します。スプリングを元に戻すと、回転の両端で
パシン・パシンとスナップが効いて小気味よく動作します。

 

フィルム配線を中継基板に接続します。
フィルムに亀裂が入らないかハラハラです。

 

配線が剥き出しになった折り
曲げ部をスリットに通します。
 

半田付けします。L2本、R2本に
シールド2本が加わり6本です。

 

ヘッド部をホルダーごと
デッキ本体に戻します。
 

ホルダー左右のネジを締め込みます。
ヘッド上のネジはアジマス調整用です。

 

デッキをAWM本体に戻します。先ほどの中継基板
コネクタがデッキメイン基板の開口部から見えます。
 

固定ネジ4本を締め込み
ケーブルも元に戻します。

 

カセットデッキ・CDドライブごと
上カバーを本体に取り付けます。
 

何はともあれ実際にカセット
テープを再生してみます。

 

ソレノイドの軽快な動作音がして再生が
始まります。安定した再生音です。
 

ヘッドブロックの移動は、モーターの回転力をカム付きギヤで
誘導することで動作させます。再生・停止ボタンを操作する
たびに移動を繰り返しますが、そのレスポンスが軽快です。

 

そして、再生方向を逆転させるためリバースボタンを押すと、
これもまた実に軽快に切り替わります。3Dプリンター製の
特殊なギヤが、十分に機能を果たしていると言えましょう。

 

これまで、同じようにカセットデッキの不具合を抱えた
AWMを何台も修理してきました。以前はギヤのクラックを
何とか閉じるなど不十分な修理方法に依っていましたが、
ギヤ自体の再生に成功したことで、今後はAWMカセット
デッキの常習的トラブルを完治することが可能になります。
ご自身で修理なさりたい方には、ギヤをお分けします。

 
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