
BOSE社製AWM(Accustic
Wave Music)の修理依頼が
ほぼ定期的に入ってきます。CDの再生不良と並び多いのが
カセットデッキの不調です。これまでの修理経験から、その
不具合には共通点があり、少し前までは完全にお手上げで
修理不能だった問題に、今回は抜本的な解決策を講じます。
|

AWMのカセットデッキはオートリバース
機能を備えるなかなか贅沢な仕様です。
|

多くのAWMでボタンを操作しても
テープの再生が開始されません。
|

再生方向の変更が機能せず、内部から
機構の作動音が聞こえるだけです。
|

カセットカバーを開けてみると、ヘッド
ブロックが上下すらしてないようです。
|

AWMの分解にはすっかり慣れました。CDドライブや
カセットデッキを実装する上カバーを丸ごと外します。
|

本体後方から見て右側のほぼ
半分がカセットデッキ部です。
|

上カバーにネジ固定されている
ので、ネジを緩めて外します。
|

樹脂製カバーに対して4本の
タップネジが使われています。
|

1本は回路基板の下に隠れていますが、
基板にドライバーを通す穴が開いています。
|

機構の制御系と録再信号系のケーブル
(コネクタ)を外し、デッキを取り出します。
|

反転させると上面のカセットテープ
ホルダー(ヘッドブロック)側が見えます。
|

正常ならばヘッドブロックを手で
押し上げることができるはずですが、
|

何かにロックされているのか、ピンチローラーが
キャプスタンに接触することもできません。
|

反対方向からも確認してみます。
ヘッドブロックが固着したままです。
|

再生方向に対応するピンチローラーが
キャプスタン位置まで移動するはずです。
|

AWMカセットデッキのオートリバースは、再生方向に
より180度回転する特殊なヘッドが実現しています。
円形のダイキャスト製ベースにヘッドが取り付けられて
いて、ベースの回転によりヘッドも正確に回転します。
|

ヘッドに接続する信号線には、頻繁な回転に対応
するため柔軟なフィルム配線が使われています。
|

円形ベースを貫通して後方に引き出されて
います。ヘッドが回転するたび捻れて追随します。
|

配線は小さな樹脂製部品の穴から出てきますが、
この部品は周囲に歯が刻まれ、つまりギヤです。
|

そのすぐ下で、レバーの付いた
扇形のギヤが噛み合っています。
|

両者が適切に噛み合っていれば、レバーの移動でギヤに回転が
伝わり、すなわちヘッドがスムーズに反転するのですが。途中で
何かに引っ掛かりギヤが回転しません。樹脂製部品をよく見ると
1か所にクラックが入っています。クラックのせいで歯の間隔が
広がり、回転を伝達できなくなっていることが不具合の原因です。
|

ヘッドをデッキ本体に固定
するホルダーを外します。
|

左右2か所のネジで
固定されています。
|

ヘッドをホルダーごと引き上げます。本体
側にはレバーが入り込む水があります。
|

デッキを上下逆にし、ヘッド部を
デッキの裏側に寄せます。
|

ヘッドからの信号を中継する基板です。
フィルム配線はここに接続されます。
|

フィルム配線をいったん取り外さないと
この先の作業が進められません。
|

フィルムが除かれ配線が剥き出しの部分が
あります。基板のスリットに半田付けされています。
|

半田吸い取り線で半田を取り除き
フィルム配線を引き抜きます。
|

このスプリングにより、レバーおよび
ギヤの回転がスナップ動作します。
|

フィルム配線が引き出されている穴には
金属製のスリーブが挿入されています。
|

スリーブ端が外周方向にめくられてギヤを
固定しています。ニッパでめくれを解除すると、
|

クラックの入った樹脂製ギヤを
引き抜くことができます。
|

フィルム配線を細く丸めると
ギヤを移動させられます。
|

フィルム配線を傷めないよう慎重に
移動させ、配線端から引き抜きます。
|

あらためてギヤのクラックを確認します。当時のBOSE社一連の
製品には、同じ材質と思われるギヤなど樹脂部品が多く組み
込まれ、同じようにクラックが生ずる不具合が少なくありません。
もちろん同じ樹脂材は他社でも広く使われているので、BOSEに
限ったことではありませんが。それにしても、この小さなギヤ
1個がAWMのカセットデッキを使い物にならなくするのです・・。
|

ギヤを再生できればデッキは復活します。
光造形3Dプリンターならば可能では?
|

レバーの回転をスムーズに受け止めることができれば
良いので、ノギスで実測した諸元で何とかなるでしょう。
|

測定結果をCADに反映します。スナップ用スプリングが掛かる
突起も加えなければならず、それなりに複雑な造形です。
|

FDM式3Dプリンターではこの微細構造は出力し切れません。
年度当初から導入している光造形(LCD)3Dプリンターなら、
38µmの分解能があるので理屈上では十分再現可能です。
|

スライサーの設定や露光時間を何度か調整した後、
見た目には素晴らしい出力があっさり得られました。
|

光造形で部品を再生する仕事は、光造形
3Dプリンター初仕事を皮切りに増えています。
|

光造形3Dプリンターでは、同じ部品を1個
作るも10個作るも時間が変わりません。
|

サポートから丁寧に切り離し、角度を変えて
さらに紫外線を当て十分に2次硬化させます。
|

歯の1枚1枚や突起の造形も十分綺麗で、CADに描いた通りです。
もちろん見た目はどうでもよく、ギヤの径や歯先形状が正確に再現
されていることが重要です。その点は、ある程度部品を組み上げて
動作を確認してみないと分かりません。突起部の強度も心配です。
|

フィルム配線の端を丸め、
ギヤの穴に通します。
|

さらにスリーブを通します・・が、
ギヤの穴が小さく嵌まりません。
|

ノギスによる計測では、このような微妙な
寸法関係まではカバーできません。
|

出力し直しでは面倒なので、ヤスリで
穴を広げます。少しきつめに入ります。
|

スリーブの端を加工せずともギヤは
定位置にしっかりとどまっています。
|

外しておいたレバー付き
扇型ギヤを元に戻します。
|

両者の噛みあいを確認します。レバーの
可動範囲内で滑らかに噛み合えばOKです。
|

レバーを動かしギヤの他端
での噛み合いを確認します。
|

結果は全く問題ありません。途中クラック部で引っ掛かり、
回転できなかったギヤおよびベース+ヘッドが、淀みなく
動作します。スプリングを元に戻すと、回転の両端で
パシン・パシンとスナップが効いて小気味よく動作します。
|

フィルム配線を中継基板に接続します。
フィルムに亀裂が入らないかハラハラです。
|

配線が剥き出しになった折り
曲げ部をスリットに通します。
|

半田付けします。L2本、R2本に
シールド2本が加わり6本です。
|

ヘッド部をホルダーごと
デッキ本体に戻します。
|

ホルダー左右のネジを締め込みます。
ヘッド上のネジはアジマス調整用です。
|

デッキをAWM本体に戻します。先ほどの中継基板
コネクタがデッキメイン基板の開口部から見えます。
|

固定ネジ4本を締め込み
ケーブルも元に戻します。
|

カセットデッキ・CDドライブごと
上カバーを本体に取り付けます。
|

何はともあれ実際にカセット
テープを再生してみます。
|

ソレノイドの軽快な動作音がして再生が
始まります。安定した再生音です。
|

ヘッドブロックの移動は、モーターの回転力をカム付きギヤで
誘導することで動作させます。再生・停止ボタンを操作する
たびに移動を繰り返しますが、そのレスポンスが軽快です。
|

そして、再生方向を逆転させるためリバースボタンを押すと、
これもまた実に軽快に切り替わります。3Dプリンター製の
特殊なギヤが、十分に機能を果たしていると言えましょう。
|

これまで、同じようにカセットデッキの不具合を抱えた
AWMを何台も修理してきました。以前はギヤのクラックを
何とか閉じるなど不十分な修理方法に依っていましたが、
ギヤ自体の再生に成功したことで、今後はAWMカセット
デッキの常習的トラブルを完治することが可能になります。
ご自身で修理なさりたい方には、ギヤをお分けします。
|
|
|