隣町つくばみらい市に、ビンテージオーディオ修理専門で名の知れた
会社があります。専らオーディアンプを修理されており、時々その守備
範囲を外れる製作や修理についてご用命をいただきます。DENON製
CDプレーヤの超高級機は、お預かりしてみるととんでもない重量があり、
後で確認すると15kg近くになります。不具合は何かというと、超高級機
らしく再生音に透明感がない・・とかではなく、CDを再生できないそうです。
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かつてDENONは「デンオン」と呼ばれていましたが、
2001年「デノン」に変更された時の記念モデルだそうです。
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DCD-S10ⅢLは、1994年のS10、1997年の
S10Ⅱ、1999年のS10Ⅲに続く限定モデルです。
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防振性の高いプロテイン配合塗料でCDトレイを塗装
するなど、テンコ盛りで2001年に発売されています。
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前モデルのDCD-S10Ⅲに装飾フォントのLが加わり、
その上には「S Limited」のエンブレムが付きます。
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背面のRCA端子は左右チャンネルの間隔も
十分、さすが25万円もする超高級機です。
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デジタル入出力はCOAXIAL(同軸)と
OPTICAL(光学)の2系統を備えます。
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これだけの超高級機でもCDの再生不良ですか・・、価格
からして再生機能を永久保証にしてもよろしいのでは。
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再生不良≒ピックアップ劣化ですので
新品部品への交換作業を進めます。
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予めCDトレイの前面ベゼルを取り
去り、本体上カバーを外します。
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CDドライブユニットを覆う金属製シールド(?)カバー
です。表面に凄い技術(能書き)が謳われています。
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ドライブユニットの取り外しにかかります。スピンドルの
アッパーキャップを保持するタワー部を外します。
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使用されているネジはあたかも銅のような色をして
いますが、ドライバーのマグネットに吸い付きます。
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ドライブ本体を固定しているネジを
緩めます。周囲に4本あります。
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ドライブユニットが本体から分離します。本体
基板と数本のケーブルで接続されています。
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タワー部をずらすと、その下にCDトレイ、続いて
ピックアップを含むトラバースフレームが見えます。
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ドライブユニットの下はアルミダイキャスト製いかにも
重そうなベースが敷かれています。ここまでするか?
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トラバースへのアクセスの邪魔になるので、
CDトレイをいったん取り外すことにします。
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トレイをスライドさせるためレールとなる
シャフトが用いられています。凝った構造です。
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高級機らしくトレイの出し入れにも静粛性を与えるため
でしょう。が、実際に普及機とあまり変わりありません。
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それよりも、防振性を高めるはずのプロテイン配合
塗料とやらが変質し、トレイの表面がベトベトです。
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ようやくピックアップに辿り着きます。
以前に見たことのある形状です。
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やはりSHARP製ピックアップです・・が、
DENONの超高級機にSHARPとは意外です。
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型番を確認するとH8147AF、これは初めて見るピックアップ
です。SHARP製といえばKSS-で始まる一連の製品が有名
ですが、強いて言えばケーブル接続用ソケットが2個付いている
点でKSS-210Aに似ています。しかし、トリマーの下にICが
付いており、よく見るとソケットのサイズが微妙に異なります。
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ピックアップの補修部品は市販されています。早々に交換を
終え(作業は略します)、ベトついたトレイを何とかします。
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最初はアルコールやクリーナを試しましたが、
意外や台所用洗剤で完全に落とせます。
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プロテインが入っているからでしょうか。
ドライブユニットを元通りに組み上げます。
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ピックアップ交換で復活すれば楽勝ものです。また
DENONとてその辺のプレーヤと変わりなしです。
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CLOSEボタンを押してCDが引き込まれると
TOC情報を読み込むはずですが、表示されません。
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そして、PLAYボタンを押しても
再生が開始されません。
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実は少し前に同じDENONの先行機DCD-1650AZを
修理した際に、大変参考になったWEBがあります。
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スナフキン氏がブログに綴るオーディオ機器の修理記事です。
フォトダイオードアンプ回路の不具合を指摘されています。
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ピックアップ信号のエラーを低減させる回路で、基板上の
オペアンプOP262が定格不足のため破損するそうです。
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定格を満たすAD8058への交換が提案されていますが、
表面実装されたフラットパッケージの換装は困難を極めます。
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ドライブユニットの右隣り、メイン基板の上に増設されて
いるのがフォトダイオードアンプ回路の基板です。
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シリーズの中で、製品によりこの
回路の有無が分かれます。
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表側から見る分には、電解コンデンサと
ジャンパー線だけの簡単な回路構成ですが、
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裏側には11個ものフラットパッケージチップが
実装され、厄介な様相を呈しています。
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写真中、赤丸で囲んであるチップがOP262です。スナフキン氏は
これらの換装にはパターンを破損する危険があり、お勧めできないと
説明されています。ところが、その代替策として驚くべきテクニックを
紹介されています。少し前にその方法により、DCD-1650AZの
修理に成功しており、このDCD-S10ⅢLにも適用できそうです。
*写真はスナフキン氏のWEBから引用させていただきました。
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代替策を紹介されているのはこちらのページです。
スナフキン氏はDCDのシリーズを幅広く修理されています。
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何と、信号レベルを揃えることでフォトダイオードアンプ
回路をスキップしてしまおうという大胆なアイデアです。
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そもそもこのようなCDプレーヤの設計には懐疑的に
ならざるを得ません。防振効果だの鋳物のベースだの、
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この分厚い金属製底板にしても1kgはあろうかという代物です。
デジタル信号処理にアナログ的な設計が貢献するのでしょうか。
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レコードプレーヤの時代ならば振動やワウフラッターの低減、電磁的
影響の排除等は宿命的課題でしたが。フォトダイオードアンプ回路の
機能についてスナフキン氏のWEBには「ピックアップからの光信号を
増幅させて、その信号の精度を高めることによって、エラーの少ない
信号に整える」と掲載されています。(DENON社に対して)本当に
そのような回路が有効であり必要であるのか、疑問でなりません。
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底板を外すとメイン基板の裏側(パターン側)にアクセス
できます。アンプ回路からの信号が入力される辺りです。
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パナソニック製オーディオ用プリアンプの
AN8805SBに抵抗器を通して入力されます。
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AN8805SBの右下、入力信号のコネクタ方向に。
R134、R135、R136、R137の4本が並びます。
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アンプ回路をスキップすると信号レベルが増幅されずに送り
込まれるので、これらの減衰用抵抗器は不要になります。
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スナフキン氏は抵抗器を取り除き、0オームの
チップ抵抗に置き換える方法を提案されていますが、
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元の抵抗器はそのままに、ジャンパー線で
抵抗器の両端を短絡させる方法を採ります。
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抵抗器端子の片方に錫メッキ
線を1本半田付けしておき、
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適当な(反対側に届く)長さに
カットしておきます。
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ピンセットで折り曲げて他方の端子に接触させ、半田付けします。
この作業を抵抗器4本で繰り返します。前のDCD-1650AZにも
アンプ回路が搭載されており、その時は上手く作業できたのですが。
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2本目のR135を作業する時に、半田ごてを当て過ぎて
チップ抵抗もろとも基板のパターンを剥がしてしまいました。
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止むを得ず、抵抗器の手前側端子から
ソケット端子の近くまで直接配線することに。
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次に、フォトダイオードアンプ回路がピックアップからの
信号を受けるソケットを、アンプ回路基板から取り外します。
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そして、メイン基板がフォトダイオードアンプ回路からの
信号を受けていたソケットを、メイン基板から外します。
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先ほど取り外したピックアップからの信号を受ける
ソケットを、新たにメイン基板に取り付けます。
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アンプ回路の前後で、信号の種類とピン数は代わり
ません。メイン基板の裏側で各ピンを半田付けします。
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ピックアップからの信号線(コネクタ)を、メイン
基板に移動したソケットに直接差し込みます。
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これで信号レベルを減衰させることなく、ピック
アップ信号がメイン基板に直接入力されます。
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ドライブユニットや配線関係を確認し、CDを再生
してみます・・が、今度はディスクが回転しません。
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ここまで作業してきてこのトラブルには閉口ですが、
実はDCD-1650AZでも経験しております。
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CD再生時にピックアップやスピンドルが最も高い位置まで
持ち上がった状態です。タワー側に取り付けられていて
ディスクを上から挟むキャップが、良く見ると下がり切って
います。本来はスピンドル側のキャップに持ち上げられて
もう少し高い位置になければなりません。上側のキャップが
タワーの開口部内で回転する際に、この状態では開口部
内側と接触し擦れ合うため、抵抗が生じて回転を妨げます。
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ピックアップやスピンドルを含むフレーム全体が、
所定の位置まで持ち上げられていないことが原因で、
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その元になる原因がこれです。フレームを固定
するワッシャ付きネジが、少し浮いています。
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正確には、ネジが浮いているのではなく
フレームの方が沈下しているのです。
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確認するとネジは全てしっかり締め込まれて
います。いったんネジを緩めてみます。
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フレームの高さを正確な位置に保つため、
決まった長さの段付きネジが使われています。
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フレームを取り外すと、ネジで固定されている
4か所にはスプリングが組み込まれています。
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振動を吸収するための手の込んだ設計でしょうが、
情けないことにそのスプリングがヘタリ切っています。
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驚いたことに4か所にそれぞれ形状・弾性が
異なるスプリングが配置されています。
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トラバース全体の重量バランスに対応してスプリングの
特性を最適化するという、どこまで贅沢なのでしょう。
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スプリングを新品に交換・・などしません。
手で引き伸ばして弾性を復活させるだけです。
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トラバースを元に戻します。かなり高い
位置に戻っていることが分かります。
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固定ネジを締め込みます。ネジ頭が
直下のウレタンブッシュに密着します。
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何かこうフレーム全体がビシッとした印象で、
車のサスペンションを新調したような感じです。
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改めてネジの頭が浮いていないことを確認します。
段付きネジの有効長通りにフレームが固定されています。
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ディスクがスムーズに回転
します。これならばきっと・・
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CDトレイが引き込まれ、ディスクが認識された直後にTOCが
読み出され、トラック数(曲数)や再生時間(合計)が表示されます。
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PLAYボタンを押すと間もなく再生が開始されます。トラックの移動が
実に機敏です。普及機で見られるようなトラック移動時のもたつきが
全くありません。複数曲を一度に移動する際も、ほとんど瞬時に
次のトラックを掴まえます。やはり高級機のドライブはそれだけの
ことがあります。劣化したピックアップの交換はまぁ茶飯事ですが、
フォトダイオードアンプ回路のトラブルは、スナフキン氏が提供して
下さった凄技がなければとても解決できていません。厚く御礼を
申し上げます。それにしても、最後のスプリングのヘタリの1件は
余りに残念です。ここまで贅沢な設計を山ほど盛り込んでおいて、
25万円もの宝石か貴金属のような価格を付けておいて。で20年
ほど経過してみるとたかがバネのヘタリでCDが回転しなくなる
とは・・。何か基本を忘れていませんでしょうか、DENONさん。
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