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ビジネスフォンの不可避的欠陥(2023.11.10)


都内にある重度障害者施設よりビジネスホン修理の相談を受けました。
施設全体で相当台数の子機が使われており、そのうち事務室だけで
5台も故障しているそうです。液晶のディスプレイが表示されなくなり、
使い勝手が悪い~使用不能とのこと、ごもっともです。設備更新を要求
するもなかなか認可されず、施設で電話は「要」とおっしゃっています。
 

全体ではかなりの台数が故障しているそうで、それらを一度に
修理しようとすると業務に大きな支障が出ます。ご担当者の
希望により数台ずつ工房にお送りいただき、順次修理を進める
ことにします。修理品はNEC製DT300、24ボタン仕様の
DTL-24D-1Dです。第一陣が工房に到着し、早速動作を
確認すると、確かに液晶ディスプレイに何も表示されません。

 

DT300を検索すると、製造元NECからは「保守サービス終了の
お知らせ」が出ているくらいで、ほとんどが中古機販売やリース会社の
サイトです。2008年発売の同シリーズは、夥しい台数が企業現場に
導入されて現在も稼働しており、中古機の供給や故障への対応が
今もニーズとして高いようです。検索結果の筆頭には「DT300の
故障について」、それもディスプレイの不具合に関するサイトが
ヒットしてきます。製造も保守も終了した製品に、導入した現場が
その後どれだけ困惑しているかを暗に示していると思います。

 


 どのような故障が発生するの?


さて、今回問題となるのは、AspireXシリーズの電話機の画面に、文字が映らなくなる、文字が薄くなるといったディスプレイ故障の症状です。
ディスプレイの故障自体は季節を問わずオールシーズン起こってもおかしくはないのですが、AspireXの電話機に関しては、5月~7月に突出してこの故障が発生しやすくなるのです。
これは一体どうしてなのでしょうか。
実は、日本ならではの意外な原因が潜んでいるのですが、カンの良い人は予想できたかもしれませんね。


同上サイトにはディスプレイの故障状況に
ついて、かなり具体的な記述があります。
 


 特定の時期に電話機の故障が多い理由とは?

日本の5月~7月といえば、多湿になりやすい初夏のシーズン。実は、AspireXシリーズは「湿気」や「水気」の影響を他よりも受けやすい電話機なのです。
販売元であるNECによると、おおむね5年以上使用している経年劣化の進行した電話機に、湿気や水分が加わることで、ディスプレイと電話機をつなぐケーブルが接触不安定になるとのこと。メーカーでも把握している原因だったわけですね。
梅雨の時期も含む5月~7月にかけては、オフィス内もどうしてもジメジメしがちです。
その影響を電話機がダイレクトに受けてしまうため、故障が発生しやすくなるというわけなのです。

梅雨時期の湿気や水分により、ケーブルの
接触が不安定になることを原因としています。
 

もう少し検索すると、同製品用の交換用ディスプレイ
販売されていることが分かります。動作確認済みです。
 

ならばユニットごとの交換が簡単で確実
です。交換のため本体を分解します。
 

本体の両側にある再度カバーを外し
背面側の固定ネジを緩めます。
 

ネジのすぐ上にあるカードクリップは嵌め
込まれているだけです、そのままにします。
 

ディスプレイユニットを奥方向に
ずらすようにして取り外します。
 

ディスプレイユニットと本体を
接続するケーブル(FFC)です。
 

メジャーなメーカー品だけあり、基板実装
コネクタにはロック付きが使われています。
 

ロックツメをやさしく起こし
ケーブルを引き抜きます。
 

取り外したディスプレイユニットです。補修用部品と
そっくり交換したいところですが、グリルのカラーが
異なるので内部の液晶パネルのみを交換します。
 

ディスプレイユニットを
分解します。
 

背面に取り付けられているチルト
スタンドの固定ネジを緩めます。
 

チルト軸を噛んでいる
ツメを解除します。
 

左右2か所のツメを解除
する必要があります。
 

ディスプレイユニット両側のサイドカバーを
外します。本体と統一されたデザインです。
 

ようやくチルト軸の
アセンブリを外します。
 

背面側カバーを固定して
いるネジを緩めます。
 

表側はカバーというよりも液晶
パネルを囲むグリルに過ぎません。
 

そのグリルに嵌まり込んだ液晶パネルと
パネル駆動用の基板が現れます。
 

基板上にはさらに2個のFFC用
コネクタが取り付けられています。
 

最初にケーブルを外した本体側のコネクタと
合わせ3個のコネクタが実装されています。
 

ケーブルの接触が不安定になるのはコネクタ
部分なので、それが3か所あるということです。
 

本当にコネクタ部分での接触不良が原因であれば
ディスプレイユニットごとの交換など必要ありません。
 

もちろん液晶パネル自体が損傷している
こともあり、その場合は交換が必須です。
 

手配した交換用ディスプレイユニットです。動作確認済みとはいえ、
中古品すなわち中古の電話機から取り外したものに過ぎません。
 

値段の高いPremium品質では
新品?になるそうですが・・。
 

電話機本体ごと交換する手もありますが、
施設では既に何台もそうしてこられています。
 

しかし、やがて同じようにディスプレイが表示され
なくなり、挙句、守谷工房に辿り着いたそうです。
 

そこで、単にディスプレイユニットを交換するので
はなく、ケーブルの接触に関して手を加えます。
 

湿気や水分による影響は、おそらく接触面に
薄い酸化物が形成されることでしょう。
 

酸化皮膜は電気抵抗を増大させ、導通を
阻害します。電気・電子回路では頻発します。
 

そうであれば、電気的接触面を洗浄し
酸化被膜を除去するだけです。
 

接点洗浄剤と接点復活剤を組み合わせ
コネクタ内部の接点をケミカル処理します。
 

細い綿棒の先にケミカルを含ませ、接点表面を丹念に
清掃します。清掃のつもりが逆に内部にゴミを入れてしまわ
ないよう注意します。何か工具を入れて表面を研磨したい
ところですが、コネクタを破損する危険性があります。
 

ケーブル(FFC)の端子
部分も清掃しておきます。
 

ケーブルをコネクタにセットします。基板
実装用コネクタの寸法精度は抜群です。
 

特にロック付きコネクタの信頼性は非常に高く、逆に
湿気程度で接触不良が起こるのか疑問を感じます

 

電話機本体側のコネクタも
忘れずに清掃します。
 

液晶パネルから出るケーブルも
端子部分をケミカル処理します。

 

基板側コネクタに確実に接続します。ディスプレイ
ユニット交換後、いずれの電話機も表示が正常です。

 

どうやら湿気による経年不具合を起こしやすい機種のようで、液晶端子の接触不良かコンデンサの劣化のようです。取引業者からはメーカー修理可能期間が終了しており、修理できないと言われてしまいました。中古品に取り換えてみたのですが、同型機ではよくある不具合のようでして、夏場に差し掛かると、何台かが同じように故障してしまいます。平屋建ての施設で、湿気が多いことも原因かもしれません。 

 


 ここで、ご依頼者から最初にいただいた問い合わせの内容を再度確認してみます。

 夏場に差しかかると不具合(表示が消える)が出ることや、既に業者と何度もやり取りされてきたようです。そして、ネット情報などを元に、他の利用現場でも同様の不具合が起きていて、湿気が原因であることも把握されています。
 それから「夏場に差しかかると・・」とは、逆に「夏場を過ぎると不具合が解消することもある」可能性を残しているのでしょうか。
 

 表示が徐々に薄くなり表示されなくなる 現象です。PBXを再起動したり、ケーブルの抜き差しによって回復するケースもあり、時期によっては涼しくなると回復することもありました。とはいえ、どの機体もいずれは全く表示されなくなってしまうので、一時しのぎではありました。DT300シリーズは同型機の ディスプレイ故障情報はネット上でも多く上がっており、 夏場の故障に関する指摘がいくつかありました。 指摘内容はこちらも思い当たる節があります。 

 


 その後、しばらく間が空いてからいただいたメールです。表示がされない現象はかなり不安定であるようです。特に「涼しくなると回復することもある」点が気になります。涼しくなるとは、季節が変わり空気中の湿度が低下することを意味するのでしょう。
 電話で直接伺ったお話しでは、冬場にも表示が消えることがあり、それは室内で加湿器を使う時期だそうです。

 「接触が不安定になる」のは、酸化被膜の生成により電気抵抗が高まり導通が阻害されるからです。しかし、そうであれば一度接触が不安定になると、その後湿度が低下することで回復するはずがありません

 湿気や水分により接触が不安定になる、ディスプレイユニットの交換により回復する、いずれの見解も疑問が残ります
 

ここまでの期間、数台の修理品をお預かりしてはディスプレイユニットを交換し、
その都度コネクタやケーブルの接触面を丁寧に清掃してお返ししてきました。
ところが、施設に戻りしばらくすると、交換を終えたはずの電話機で再び表示が
消えるトラブルに見舞われます。すぐに送り返してもらい、再度コネクタの清掃、
場合によりディスプレイユニットを交換し直し、そこでは表示が復活するものの
しばらく持たせる」程度の域を超えません。手詰まり感が濃厚となる時、工房
テクニカルパートナーの荒木氏から、重大なアドバイスがもたらされました。
同氏はかつてFFCの製造・検査の業務に携わっていたご経験をお持ちです。
 

・FFC(フレキシブル・フラット・ケーブル)は製造後にいくつかの製品検査が行われる。
・製品検査のひとつは、4端子法により端子間の非導通性(絶縁性)を調べる絶縁試験である。
・端子ピッチ(0.5mm、1.0mm、1.25mmなど)に応じて、端子間に100~300Vの電圧を印加する。
・端子間抵抗値が一定以上ないと(40~100MΩ)、製品として不合格になる。
・試験は湿度60%以下のクリーンルームで行われるが、年間を通して不良品(不合格品)が出やすい時期がある。

・6~7月の梅雨の時期や、冬場の乾燥時期に(保管場所等で)加湿器を使用していると不合格品が出やすい。

湿気や水分により「ケーブルの接触が不安定になる」ことの意味は、電気
抵抗が増して導通が損なわれるのではなく、真逆である可能性があります。
湿気や水分により端子間の絶縁が損なわれ、端子間で電流のリークが
起こることで回路が正常に動作しなくなることになります。この考え方に
立てば、季節により周囲が乾燥してくると表示が復活する現象を説明する
ことができます。高い接触圧を持つロック付コネクタは、接触不良を起こす
可能性が低く、これでその疑問も解消します。そうとなれば、全く別の
アプローチがあり、その措置を講ずるため施設まで出かけていきます。

 


湿気や水分が電流をリークさせているのだから、
アルコールなどでそれらを置換し除去します。
 

コネクタの電極部分に持参した
アルコールを流し込みます。
 

エアダスターを吹いてアルコールを
完全に揮発・乾燥させます。
 

2か所のコネクタには同じ
処置を数回繰り返します。
 

FFCの端子部分もアルコールで処理します。が、
水分が滞留しやすいのはコネクタの内部でしょう。
 

一時的に水分を除去しても、やがて湿度の
高い時期になると同じことが起きるでしょう。
 

そのために再び水分が付着しないよう、
コーティングのような処置が必要です。
 

アルコール処置後に機械油や潤滑剤など
取りあえず撥水性のものを塗布しておきます。
 

ケーブルを差した後で、周囲を樹脂材で
コーティングしてしまえば完全でしょう。
 

水分の侵入を長期間防ぐことができる
何か塗布材のようなものをいずれ探します。
 

電話機本体側のコネクタも
同じように処置します。
 

もしかすると、使用しているFFCの
品質にも原因があるかも知れません。
 

ディスプレイユニットを組み上げ
本体とケーブル接続します。
 

再び不具合を起こした数台も
いずれも表示が復活しています。
 

結局10台近く修理をして、液晶パネルが
完全に故障していたのは1台のみです。
 

ケーブル接続部の水分除去と防止が、真に
この問題の解決策かどうかは分かりません。
 

しかし、ディスプレイ故障に関しネット上に出回っている情報は
甚だ疑わしい限りで当てにならず、未だに多くの台数が稼働
している現状下で、今回の修理方法がそれなりに有効である
可能性はゼロではありません。その一方で製造元のNEC社は
ディスプレイの問題などとっくに把握し、後継機のAspireUXや
AspireWXでは完全に修正されています。補修用性能部品の
保有期間に関する法規制(最低6年)を逆に盾にして、多くの
利用者に不都合を強いているように思えてなりません。
 

抜本的な入替についても、上層部と話が進み始めました。ただ、やはりPBXを含む電話機の寿命として10年は短いとの見解で、なぜなのか? という追及に問答せねばならない状況です。 端的には該当機種がリコールほどではないにせよ、欠陥のあるシリーズであったということに尽きると理解しています。このあたりも御社からの情報提供のおかげで非常に助かっております。 今のところ、ディスプレイも全て点灯しております。

最初に修理のご依頼があったのが昨年8月半ば、その後
不具合がぶり返し施設まで修理にお伺いしたのが昨年9月
半ばです。そして9月末に上記のメールを頂戴し、ようやく
一息ついた次第です。年を跨いだこの4月に次のメールを
いただき、何とか施設のお役に立てたと思い込んでいます。
 

昨年はビジネスフォンの故障対応、ありがとうございました。おかげさまで何とか機体を新調するまでの間をしのぐことが できました。つきましては、お借りしておりました機体を返却いたします。先週発送いたしましたので、すでに届いていらっしゃるかも しれませんが、どうぞよろしくお願い致します。


 
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