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高級オルゴールオルフェウス その3(2023.4.25)


安直な設計でギヤを製作したせいで、組み込んだ直後に歯が
軒並み欠け飛んでしまいました。傘歯車もどきなのでまともに
噛み合うはずもなく、歯先に応力が集中するからです。歯の
形状にインボリュートやサイクロイドを採用するほどでもなく、
それでも応力の部分的な集中を避けるため、歯底の間隔を
小さめに変更します。傘歯どうしが深く噛み合ってくれれば
それなりの耐久性が保てるはずです。ギヤを作り直します。
 

スナップリングが入る空間を作り、歯の位置
(高さ)を調整する小スペーサーも用意します。

 

順に組み立てていきます。中心を揃えるため
シャフトに通した状態で接着・固定します。
 

2mm厚のギヤの内側に1mm厚の小スペーサーが
嵌まり、スナップリングが
1mmの溝に入ります。
 

強度を持たせるため、クランプで固定した
状態で接着剤を十分に行き渡らせます。
 

下から1mmの溝付き円盤、2mmの大スペーサー、
2mmのギヤが重なり、計5mmの厚みです。

 

ここまで作業を進めたところで、
またしてもミスに気づきます。

 

ギヤの中心に設けた空間が、スナップリングを嵌め
込むには小さ過ぎます。直径を大きくして作り直します。
 

少しずつ改良しているものの
同じような作業が延々と続きます。
 

円盤やギヤを順にシャフトに
通し、接着・固定します。
 

ギヤ内側の穴を大きくしたので
今度はスナップリングが入ります。
 

ギヤを製作・改良する度に、ゼンマイケースに戻しムーブメントを
組み上げて動作確認します。瞬時に歯先が欠け飛んだり、ギヤの
位置(高さ)が合わず空回りしたり回転できなかったりです。スナップ
リングが固定位置にあるため、ギヤの厚みや位置を変えることでしか
シリンダ側ギヤとの噛み合いを調整できません。この写真の設計も、
噛み合いはするものの完全ではなく、もう少し調整が必要です。
 

ギヤの厚みを2mmから3mmに変更し、
下の大スペーサーを1mmにします。
 

ギヤ全体の厚みは変わりなく、歯の高さが
1mm増して噛み合いが改善されるはずです。
 

ギヤは中心が大きく空いているので
周囲を正確に合わせて接着・固定します。
 

最後に溝付き円盤と
合体させ接着します。
 

スナップリングを嵌め込みます。歯先の
強度が向上しているように見えます。
 

レース盤に取り付けて歯先の肩部分を
削り落とし、傘歯車もどきにします。
 

今回はシリンダ側傘歯車の傾きを参照
します。バイトの角度を歯車に合わせます。
 

その角度でゼンマイ側ギヤの
歯先肩部分を削り落とします。
 

削り落とし過ぎると噛み合わない可能性が
あり、足りないと歯先が破損しやすくなります。
 

既にこれだけギヤを試作しています。
・・捨ててしまった分を含みません。
 

ようやく・・、ゼンマイをしっかり巻き上げることができ、ギヤ同士が
十分に噛み合い、歯先が壊れることなく、ゼンマイの動力が伝わり
シリンダが回転します。櫛歯の固定ネジを緩め、最も美しい響きが
得られるようシリンダとのクリアランスを細かく調整します。ところが、
 

ここまで来て、大きな問題が発覚します。
シリンダの回転位置により音が出ません。
 

音が出る位置と出なくなる位置は、
丁度180度反対の関係にあります。
 

ここで少なくとも、何とか修復を終えたギヤ
関係に起因する可能性は考えられません。
 

シリンダの回転自体に問題がありそうです。
あらためて、原因を丹念に探ることにします。
 

調べていくうちに、シリンダの側面に付いている
星形のカムのような部品の役割に気付きます。
 

シリンダが1回転する度に隙間が変化し、
刻まれたピンのグループを切り替えます。
 

シリンダ表面には、左右に僅かにずれた位置に異なる曲が
2組打ち込まれています。カムがシリンダを左右に移動させる
ことで、演奏し分けています・・などと感心している場合では
ありません。180度ごとに音が出なくなる原因が判明します。
 

本来は正確な円柱形であるべきシリンダが、1方向に僅かに
歪んでいます。手前側で音が出ていると反対側では出ません。
櫛歯からピンが離れるからです。反対側で音が出るように調整
すると、手前側では櫛歯がシリンダ本体に接触(衝突)します。
これでは櫛歯をいくら調整しても切りがありません。超精密
製品であるべき高級オルゴールとして、あり得ない状態です。
 

何かシリンダを偏心させる原因がある
かも知れません。例えばこのシャフト、
 

丈夫な鋼鉄製で十分に直線性が保たれて
います。先端のこの細くなっている部分には、
 

真鍮製の小さなスリーブ
(オイルレスメタル?)が入り、
 

ムーブメント右端の軸受けにネジで固定
されます。偏心を生む要素はありません。
 

シャフト先端の細くなりかかる部分は
テーパー加工が施されているので、
 

スリーブが密着していればガタツキが
排除され、偏心には結び付きません。
 

シリンダの手前側と反対側で櫛歯とのクリアランスが変化する
ことは確かです。長い試行錯誤の後にようやく気付いたことは、
偏心を生むほどシリンダは変形しない点です。シリンダは
材質こそ分かりませんが、何か金属製の精密部品に仕上げ
られています。シリンダに直接打ち込まれていると思っていた
ピンは、元々平らな金属板に予め打ち込んでおき、それを
シリンダに巻き付けたものです。合理的な製作工程でしょう。
 


シリンダ表面を注意深く観察するとその構造が理解できます。
そして、ここで偏心の原因が判明します。元々平らな金属板を
カールさせながらシリンダに巻き付けた結果、端の接合部が
残ります。接合線の状態を確認すると、シリンダ両端近くでは
綺麗に接合された状態が保たれていますが、中央部付近では
僅かに隙間が生じています。シリンダへの接着力が低下した
のか、金属板の端が浮き上がり膨らんでいるように見えます。
 

シリンダの変形ではなく、ピンを打った金属板が
剥がれかけていることが偏心の原因です。
 

製造元でもシリンダごと交換以外に修理方法は
なく、とんでもない修理費用がかかることでしょう。
 

それでも、何とか全周にわたり音が出るところまで修復に成功しました。
あまりに乱暴な修理方法なので、とても公開できませんが。僅かとはいえ
金属板が剥がれ、シリンダが偏心回転して音が出なくなるとは・・。技術と
伝統を誇る国内唯一、いや世界的なオルゴール製造元だけに、残念です。
 

選ばれた材料と高度な木工芸による素晴らしい外装は、それだけで
鑑賞に値します。しかし、「匠と称されるオルゴール職人の手によって、
一台一台丁寧に製造しています」のであれば、まず、貼り付けたはずの
金属板が後で剥がれてくることなどないようにお願いしたいものです。

 
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