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コロムビア社ポータブル蓄音機(2024.6.3)


これまでご用命いただいた修理品の中で、おそらく
製造年が最古と思われる製品が持ち込まれました。
ゼンマイで動作する完全機械式蓄音機です。ターン
テーブルの回転はおろか音声の再生にも電気は一切
使用されていません。製造時期を調べると驚きです。
 

側面に携行用取っ手の付いた
重厚な黒塗りの木箱です。

 

ロックを解除すると蓋部分が
上方向に持ち上がります。
 

姿を現したのは、機械式蓄音機
つまりレコードプレーヤーです。

 

手前にターンテーブル、奥にピック
アップとトーンアームが見えます。
 

Columbia(コロムビア)社製、Viva-tonal Grafonola
(ビバトーナル グラフォノーラ)のシリーズでMODEL-
NO.203の銘板が貼られています。ネットで調べると
1930年代(昭和5年~)に製造・販売されたそうです。

 

トーンアーム部は「サウンドチューブ
(音管)」と呼ばれています。

 




各部を説明する図版が
こちらにあります。
 

ピックアップ部は「サウンドボックス
(發音器?)」と呼ばれ、複雑で精巧な造りです。

 



サウンドボックスの構造を説明する図版が小林理研
ニュース
にあります。中心の振動版は金属箔です。
 

ターンテーブルの
動力となるゼンマイを
巻き上げるハンドルが付属しています。

 

側面の穴にハンドルを差し込むと
ゼンマイを巻くギヤに連結します。
 

何とかゼンマイは巻き上がるのですが、
ターンテーブルの回転が酷く不安定です。
 

しばらく調子良く回転すると、間もなく
回転が落ちて停止寸前状態になります。
 

停止するかと思いきや再び回転が戻り、
とてもレコード再生どころではありません。
 

周囲の固定ネジを緩め、木箱に
納まっていた機構全体を取り出します。
 

ターンテーブルの脱落を防止する
スナップリングを外します。
 

ダイキャスト製?・・と思われる重量のある
ターンテーブルです。上に引き抜きます。
 

それなりに慣性質量がありそうで、
レコードの安定回転に貢献するでしょう。
 

ターンテーブル下のボード(木製)です。中心に
回転シャフト、周囲にレバーが配置されています。
 

サウンドチューブが左回転して演奏位置に
移動する時、このレバーを右回転させます。
 

レバーの先端がシャフトの突起から
外れ、シャフトが回転し始めます。
 

反対側の小さなレバーは、ターン
テーブルの回転を内側から押さえます。
 

目盛りの付いたこちらのレバーは
内部に連動して回転数を調整します。
 

ボード面の穴を通し、内部から顔を出す
金具に調整ネジが接触しています。

 

作業の邪魔になるのでサウンド
チューブを外しておきます。
 

取り付け位置を再現できるよう
回転部分にマーキングします。

 

サウンドチューブは回転部分から
本体の共鳴管へつながります。
 

本体を裏返し内部を確認します。共鳴管が断面積を変化
させながら方向を90度変え、その内側にターンテーブルを
回転させるゼンマイ式のムーブメントが配置されています。

 

ムーブメントは重厚な金属部品の塊・・と
いった感じで、かなりの重量があります。

 

ムーブメントをボードに固定して
いるのはこちら側のネジでした。
 

ムーブメントが離れると、ボードの
重量が一挙に軽くなります。

 

優美な形状をした共鳴管の全貌です。
金属板を巧みに加工して作られています。

 

サウンドチューブ内の空気振動が
ここから共鳴管に入り徐々に共鳴し、

 

可聴域の音量まで増幅されて出口から
放出されます。電気とは全く無縁です。
 

取り出したムーブメントの点検に入ります。不安定なターンテーブル
回転の原因は、およそこのムーブメントの動作不具合にあります。
ムーブメントのフレームは恐ろしくがっちりしたダイキャスト部品で、
内部で大きな力を発生・伝達し、それをしっかり受け止めています。

 

ムーブメントに組み込まれている大型で
強力なゼンマイです。この回転力が、

 

厚みのある頑丈なピニオンや平歯車を
介してターンテーブルを回転させます。
 

このウォームギヤはゼンマイ巻き上げ
ハンドルにつながり、一方向にのみ回ります。

 

一方、ターンテーブルの回転数を一定に保持
するため、特別な装置が組み込まれています。
 

遠心式調速機いわゆるガバナーです。18世紀末にジェームズ・ワットが
開発した蒸気機関に組み込まれ、回転する剛球の遠心力によりリンクを
作動させます。蓄音機に用いられているのは、シャフトが垂直に立つ円錐
振り子式ではなく、剛球代わりの真鍮球3個が水平に配置される形式
です。真鍮球は3枚の板バネにより押さえ付けられており、バネの反力に
逆らうことで回転半径を変化させ、ある回転数に達すると均衡します。

 

ガバナーシャフトの先に真鍮製のディスクが取り付けられて
おり、真鍮球の回転半径が変化すると左右に移動します。

 

回転数が上がりディスクが右方向に移動すると、回転数
調整レバーに連動するブレーキシューに接触します。
 

機械の面白さを存分に味わわせてくれる驚きの仕組み
です。しかし、回転が不安定の理由はまだ分かりません。

 

ムーブメントの頑丈な
プレートを外します。

 

ゼンマイの回転力が伝達されていく
機構が、さらに明確になってきます。

 

90年近く経過しているので、やはりゼンマイの
不調、サビ・固着・破断・脱落などを疑います。
 

ゼンマイ巻き上げ用の平歯車は差し込んで
あるだけです。内部を点検することにします。

 

これだけ強力なゼンマイなので、ケースを開けた
瞬間に猛烈な勢いで飛び出す危険があります。
 

顔を背けながら伝達用平歯車を兼ねた蓋を開けます。
ゼンマイが暴れる気配はありませんが、ゼンマイバネが
古いグリスに埋もれています。ひどく変質したグリスが
接着剤の働きをし、巻き上げも巻き戻りも妨げています。
意を決してゼンマイバネを中から引き出し、付着した
古いグリスをふき取り、新しいグリスと共に戻します。

 

ゼンマイはほぼ完全に機能するも、まだ回転が
安定しません。次はガバナー周辺を疑います。

 

しかし、回転数を安定させる機構が逆に
不安定にしているようには思えません。
 

ガバナーシャフトの軸受け部を点検します。
ベースと一体成型の支柱にネジ固定されています。

 

ネジを緩めると、先にスリーブが抜けてきます。
シャフトはこのスリーブで間接的に保持されます。
 

シャフトの先端を受ける穴は、スリーブの中心
から少しずれて(オフセット)開けられています。

 

スリーブを回転させると、オフセットの働きによりガバナー
シャフトと隣のウォームギヤの間隔を微妙に調整できます。
 

軸受けも特に問題ありません。ガバナーを
取り外した状態で色々イジリまわしていると、

 

遠心力で真鍮球が広がる時、ディスクを含む
アセンブリが内側に引き寄せられてきます。
 

アセンブリを強制的に内側に移動させてみると、
そこで止まったままで元に戻ってきません。

 

その昔、塗り付けられたグリスが固着し
アセンブリの水平移動を妨げています。
 

ガバナー全体を溶剤で洗浄して古いグリスを
完全に落とし、潤滑油を十分に行き渡らせます。

 

ディスクを含むアセンブリの左右移動が
見違えるほどスムーズになります。
 

ムーブメントを元の状態に組み上げ、ゼンマイを巻いてみます。
回転数調整レバーを低回転に調整すると、真鍮球が小半径で
回転し、ディスクも写真左方向に寄ってシューに当たっています。

 

回転数調整レバーを高回転側に調整すると、連動するシューが
写真右方向に移動しディスクも右にずれて、その分真鍮球の回転
半径が大きくなります。ディスクを含むアセンブリが素早く左右に
移動できるため、回転数を自在に調整できます。逆に、固着して
移動が妨げられていたことで、なかなか回転数が上がらず、かつ
一度上がった回転数が元に戻らない、という当初の不具合を
もたらしていたと考えられます。原因判明、不具合解消です。

 

あらためて回転数調整レバーを操作してみると、
かなりの範囲を調整可能で驚くほど滑らかです。

 

ところで、いくら見た目正常に動作しているようでも
実際にレコードを演奏できるのかは分かりません。
 

修理品引き取りの際に、ご依頼主が
レコード(SP盤)を持参下さいました。

 

演奏に不可欠な専用スタイラスも用意されています。
1本当たりレコード数枚を演奏すると寿命だそうです。
 

スタイラスは鋼鉄製で、ソフトトーン、ミディアムトーン、
ラウドトーンの順で太くなり、再生音も大きくなります。

 

すり減ったスタイラスは研磨して使用することもある
そうで、当時のオーディオの楽しみ方が偲ばれます。
 

もっとも、ご依頼主は現代に在って敢えてこの
レトロな蓄音機を楽しまれているわけです。

 

昔のLPレコードが良かった、カセットテープも悪くない、
真空管アンプが云々、といった懐古趣味を超越しています。
 

この蓄音機の製品名である「グラフォノーラ」は、おそらく
ドイツのレーベル「グラモフォン」と無関係ではないでしょう。
トーマス・エジソンが円筒式蓄音機(フォノグラフ)の特許を
取得したのが1877年、10年後の1887年にエミール・
ベルリナーが円盤式蓄音機(グラモフォン)を発明、さらに
10年後の1898年にグラモフォン社が設立されます。
同社は蓄音機の製造と同時に、当時の有名アーティストと
契約して数々のレコードを送り出します。日本国内では
1907年に設立された日米蓄音機製造株式会社が、
1910年に国産初の蓄音機を製造・販売し、日本蓄音器
商会として法人化された後、日本コロムビアに発展します。
正に今回の修理品グラフォノーラNo.203登場の頃です。

 

蓄音機が最初のピアノ音を発した瞬間、本当に驚きました。
音量・音質ともに、聴くに堪えます。聴くに値します。溢れる
ほど聴く楽しさがあります。当時のアーティストの音楽性、
それを聴いた人々の娯楽性、当時の文化的様相が純粋に
伝わってきます。(頭を冷やして)音量・音質とも後の電気
方式には遠く及ばないとはいえ、当時の機械技術がほぼ
全投入されたムーブメントやサウンドボックスには脱帽です。
聴く楽しさ
を追求するために払われた努力は測定不能です。


 
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