子供の乗用玩具修理のご依頼です。トイザラスのWEBを見ると、筆頭はアン〇ンマン、
一部にショベルカーのような建設機械、何故かベンツやアウディの高級外車が並びます。
どれも例外なく樹脂成型のヘコヘコしたボディばかりで、子供向けゆえ仕方がないとは
いえ、どこか脱力感を覚えます。しかし、この修理依頼品はそれらと一線を画します。
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農場で活躍するトラクターをフィーチャーしています。ボディを
叩くと固い金属音でヘコヘコの樹脂製なんかではありません。
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軽合金のダイキャスト製で、トラクターらしく踏破性の
高い後輪と本格的な前輪ステアリングを備えています。
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ボディ側面に「JOHN DEERE」の文字があります。
世界最大の農業機械・建設機械メーカーの名称です。
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JOHN DEERE(Deere and Company)は米国イリノイ州
モリーンに本社を置き、世界30か国以上に支社があります。
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WEBサイトは子供向けコンテンツも充実しており、
乗用玩具が登場しても不思議ではありません。
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製品と同じグリーンのカラーリング、自転車のようにペダルを
漕いで前進します。そのペダルが完全に破損しています。
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乗用玩具と言えど、日本のヘコヘコとはまるで異なるアメリカンスケールを感じます。
トラクターに乗り父親が広大な農場を豪快に走る風景を、子供たちは見ているのでしょう。
ベンツなど手の出ない庶民が、子供にはベンツの乗用玩具を買い与えて・・、別に悪くは
ないですけれど。さて、ペダルをつなぐクランクシャフトが、ベアリングを介して本体下部に
取り付けられていたようです。ベアリングは鋼板製のプレートに嵌め込まれ、プレートが
ボディにボルト固定されています。ベアリングもプレートも破損・脱落して久しいようです。
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片方だけ残っているベアリングをハウジング
ごと取り除きます。グラインダーで切断します。
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同じく片側だけ残っていた鋼板製プレートも取り
除きます。クランクシャフトは再利用できそうです。
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1枚だけ残っているワッシャも切り落とします。シャフトに
溶接されている駆動ギヤも、歯の摩耗など問題ありません。
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シャフトの固定方法について、テクニカルパートナーのO氏と
検討した結果、このようなプレートを用意することにしました。
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鋼板製プレートの中央に穴を開けただけでは、ペダルのついたクランク状のシャフトを
通すことは出来ません。そこで、穴をU字形に切り広げ、複数枚で上下から挟むことで
シャフトを固定する方法を採ります。ペダルを踏み込んだ際にほぼ体重分の力が下向に
加わるので、摩耗を考慮してシャフトの下側表面で多く接触するよう上下を決めます。
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3枚をU字型のまま、ペダルを持ち上げる方向にはあまり力が加わらないので、1枚を
下向きU字型にします。ボディに元の取り付け用ネジ穴があるので、同じ位置にネジ穴を
開け、片側4枚のプレートを外側2枚、内側2枚でボディを挟みボルトで固定します。この
鋼板製プレートの用意は、必要な厚み(5mm)を考えると簡単ではありません。最初は
専門の鉄工所に製作を依頼したのですが、製作費がとてもご依頼主に提示できる金額
ではなく、工房にて自製することにします。守谷工房は臨時の鉄工所を開設致します。
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ホームセンターで6mm厚の鋼板を購入します。
0.5mm厚くなる分、強度が増します。
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設計幅40mmのところ50mmでも
構いません。長さ910mmです。
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高速切断機を使用して、1枚
当たり長さ70mmに切断します。
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左右で4枚ずつ、計8枚を用意します。
作業後、切り粉の掃除が大変です。
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キリ(穴あけ)の位置を正確に決めるため
CADから印刷した型紙を用意します。
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切り出した鋼板と縦横
とも同じサイズです。
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原寸サイズで切り離し
スプレー糊で貼り付けます。
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高速切断機の精度が今ひとつなので
型紙の両端が僅かに一致しません。
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専門の鉄工所ではワイヤーカッター(放電加工)で切断
するでしょうけれど、そこまでの精度は必要ありません。
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キリ加工(穴あけ)に入ります。
センターポンチを打ちます。
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センタードリルを使用します。
安物なので切れ味は良くないです。
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それでも鉄工ドリルを直接使うよりも
はるかに正確にセンターを決められます。
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3か所にパイロットを開けます。
ここまでの作業は順調ですが、
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鉄工ドリルに交換し、左右の
5.2mm径の穴を開けます。
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切削油を差しながらドリルを落とします。
5mmくらいまでの穴は比較的簡単です。
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バイスで固定するまでもなく貫通させられます
(危険なのでさすがにグローブは着用しますが)。
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中心の穴は11.5mmのドリルがないので12.0に
変更します。ボール盤のチャックでは掴めません。
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10mmを超える穴あけは難易度が一挙に
高まります。フライス盤に切り替えます。
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12.0mmのセンタードリルで
貫通まで加工します。
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やはり強烈な抵抗に遭います。中国製
安物のフライス盤がガタガタ振動します。
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何とか8枚分の穴あけ加工を終えました。しかし、途中でフライス盤の主軸駆動用
プーリがスリップしたり、挙句破断してしまうなどトラブルが続出です。久しぶりに
モーターハウジングを分解して、フライス盤の整備に付き合います。プーリはアルミ
など金属製に交換する必要があります・・、修理作業から完全に脱線しています。
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再び高速切断機の登場です。12mm穴を
広げてU字型にしなければなりません。
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切断砥石が穴の接線内側を通るよう
スコヤで垂直を見ながら位置を調整します。
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ゆっくり砥石を落としていきます。
凄まじい騒音はご近所迷惑でしょう。
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間違っても金鋸で戦える相手ではあり
ません。火花を凝視しないようにします。
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穴の接線ぎりぎりのところに
切り込みが入りました。
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プレートの向きを変えて
反対側を切り込みます。
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火花すなわち大量の切り粉を撒き
散らかしながら切断が進みます。
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U字型の切り込みが出現しました。
ほぼ思い通りに加工できそうです。
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取り上げてみると、僅かに接線を越えて切り込まれています。ですが、同じプレート
2枚を向きを逆にして上下から挟む構造なので、多少の誤差は問題になりません。
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クランクシャフトを通してみます。今回採用した
修理方法が急に現実性(実現性)を帯びてきます。
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守谷工房鉄工所が何とか役目を
終えます。8枚のプレート完成です。
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切断部にバリが出ていて危険です。子供が
遊ぶものなので、このままではいけません。
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ヤスリをかけてバリを丁寧に取り
除き、全ての稜線を面取りします。
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補修用部品が揃ったので、
本体の修理にかかります。
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プレートを本体ボディごと固定するボルト
です。長めなので必要により切り詰めます。
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設計図通りにプレートを上下に組み
合わせ、レンチで締め込みます。
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やはりボルトが長すぎたようで、
ナットからかなりはみ出ています・・
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しかし、ギヤの両側僅かに手前まで到達しているので、丁度ギヤの位置を保持するように
なっています。つまり、クランクシャフトが左右にずれるのを防止する対策、例えばスリーブの
ようなものが不要ということです。予想していた以上に頑丈に取り付けられています。
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作業前に外しておいたチェーンを元に戻し
ます。何故か、チェーンの長さが足りません。
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何と、後輪のアクスル位置を
調整できるようになっています。
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固定ボルトを緩め、ハウジングを
軽く叩いて前方に移動させます。
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チェーンをボディ内に落としてしまわないよう
ワイヤーで吊っています。締まりばめを入れます。
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締まりばめの突起に
接手プレートを嵌めます。
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接手プレートからさらに突き出た部分に
脱落防止用のクリップを入れます。
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他にも外リンク、内リンク、隙間ばめなど、私が中学生の頃は
これら部品名称は全て技術科教科書で説明されていました。
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アクスルを後方に戻し、チェーンの
張りを調整してからボルトを締めます。
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チェーン中央部の撓み量は、軸間距離(前後
ギヤの中心間距離)の2%が適当とされています。
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プレートとクランクシャフトの摺動部にグリスを入れ、
チェーンに注油します。クランクが快調に回転します。
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クランクシャフトの取り付けは堅牢そのものです。ガタやぶれも全くありません。
強いて言えば、元々ベアリングを介して取り付けられていたので、プレートで
直付けしたのではシャフトの摩耗が心配です。しかし、万一シャフトが折れても
クランクおよびペダルを新たに作り直します。この玩具にはその価値があります。
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修理作業完了です。なかなか体重の落ちない私が乗ってもびくともしません。
ペダルを漕ぐとクランクシャフトの回転に安定感があり、ぐんぐん前進します。
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実は、大学の専攻が農業機械学で、FergusonやFordsonはゼミで技術資料を
ずいぶん読まされて覚えていますが、John Deereは記憶の外に追いやってしまった
ようです。John Deereは世界30か国以上に支社や施設を持つも、日本国内には
支社がありません。ヤンマーホールディングスが国内代理店として販売やサポートを
行っています。310馬力を誇る7Rシリーズはスーパーカー並みの4000万円もします。
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