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TASCAM388執念の修理2(2022.6.1)

 
テープデッキ部の息を吹き返すことに成功したので、次は音声信号の
伝達経路・処理回路の修理に取り掛かります。不具合個所を割り出す
には、先にこの製品の正しい操作方法を理解しておく必要があります。
様々な用途を前提に数多くの機能がテンコ盛り状態に組み込まれ、
最小限の録音・再生機能を確認するにも、遠い道のりを辿らねばなり
ません。しかし、それよりも遥かに辛いことは、苦労して理解した各部
名称や操作方法も、修理を終えた以降何の役にも立たないことです。
自分がこの製品を使用するわけではないので、当たり前ですが・・
 

最初に、テープに音声信号を記録
できるか動作確認を進めます。

 

背面の「LINE」入力端子に、モノラルのRCA
変換コネクタ付きフォンプラグを差し込みます。

 

コンソールパネル上の入力選択をLINEに
切り替えます(そのくらいは分かります)。

 

ch1とch2のフェーダーをスライドさせ、適当な
入力レベルにします(これも何とか分かります)。

 

ステレオミニプラグ経由でスマートホンの
オーディオ出力を接続してみます。

 

マスターのVUメーターが反応します。入力回路を
介して一応内部に取り込まれているようです。

ままよ・・と思い、「REC」モードでテープを走行させて
みます。見た目はいかにもレコーディング中ですが・・
 

これで音声信号が再生できれば、電気回路は特に問題
ないことになり、記事タイトルに「執念の」は不要でしょう。

 

やはりご依頼主の説明通りで、再生などできそうな気配もありません。
テープを巻き戻しヘッドホンを接続して再生するも、音声などまるで
聞こえてきやしません。気は進まないものの、底面側からの配線や
回路基板の点検に備えて、本体を横方向に立てることにします。

 

問題は大きく分けて、再生系回路に不具合があるか、
そもそも録音自体ができていないか、のどちらかです。

 

ですが、パネル上にこれだけ詰め込まれた操作
ツマミ類を、正しく設定できているのか・・も不明です。
 

ネッと上を必死で探し回ると、海外のサイトでTASCAM388(STUDIO8)の
サービスマニュアルが数件見つかります。輸出向け製品に添付された英語版
PDFファイルです。もちろん製造元による公式のものではなく、コアなユーザが
スキャナで取り込みWEBにアップしたものです。光学スキャン時に原稿が大きく
歪んだり、程度の良いものはページが飛んでいたりします。ともあれ、録音時に
必要な操作が記述されたページに辿り着きました。基本トラック(ch1)に録音
するだけで、英文通り23ものステップを正しく操作しなければなりません。

 

ステップ1~6はテープデッキの操作で
ステップ7以降がコンソールの操作です。

 

ch1とch2にそれぞれステレオ出力のLとRを
接続しているので、PANをL・Rに振り分けます。

 

ステップ13のASSIGN、15のPGM MASTER
16のCUE POSITION・・、何のことか分かりません。

 

ステップ15のREC FUNCTIONを押すと、隣の
LEDがブリンクします。が、意味が分かりません。

 

「RECORDING THE BASIC TRACKS」の指示に従い
何度も操作しますが、録音・再生される様子がありません。
 

実際に不具合があるのか、それとも何か操作を
間違えているのか、区別できないところが苦しい。
 

 

雰囲気として回路に不具合はなさそうに思うのですが、当然何の確証もありません。
まず、基本的な操作を間違えている可能性を排除できるか否か、この英文マニュアル
のみでは無理です。MTRの使用経験がある人にとって当たり前に理解されている
ミキシングやトラックダウンに関する常識的事項までは、このマニュアルに解説されて
いないからです。そうすると、操作間違いも疑いつつも、回路図と照らし合わせながら
信号経路や回路の動作を確認するしかありません。膨大な手間と時間を要しますが、
装置の不具合・操作間違いのどちらであっても見つけることができるでしょう。ただし、
サービスマニュアル内の回路図集は、全52ページにわたる膨大なものです。有難い
ことにその冒頭にBLOCK DIAGRAMがあり、時間を節約しつつ回路の構成全体を
把握するには非常に有効な資料です。それでもこれだけ大規模な展開になりますが。
 

MTRの横に回路図を広げるため、
サブの作業台を用意します。
 

この方向に立てると、下半分にテープデッキ、
上半分にミキシング回路基板が並びます。
 

向かって左側、本体の背面近くは方向を
変えて各レコーディング回路基板が並びます。
 

どこから手を付けていいのか分からないながら、
録再ヘッドから出るシールドコードを追います。

 

8チャンネルマルチトラックの録再ヘッドが接続されるHead PCB
回路図です(図中左側)。ヘッドを出た直後に、小さな中継基板を
介してシールドコードがレコーディングアンプに延びていきます。
 

 録再ヘッドの配線を中継する基板HEAD CONNECT PCBです(左側)。右側は
デッキを駆動する各モーターや、動作を検知するセンサーへの配線の中継基板です。
 

録再ヘッドからのシールドコードが、デッキの
ベースパネルを表側から裏側に抜けてきます。
 

8チャンネル分の録再信号用と消去ヘッド用の
シールドコードが、束になり背面方向に延びます。

 

シールドコードの束は背面パネルに行き着いたところで上方に
向きを変え、背面パネル内側を伝って延びて行きます。写真
中央を占めている大きな基板は、MOTHER(1)PCBなる
各回路基板を相互に接続するバスの役割を果たします。回路
基板に機能を分散したり、機能ごとにメンテを加えるには非常に
合理的な設計ではあります。しかし、これから追いかけていく
音声信号は、必ずこのバスを経由して回路基板間でやりとり
されるため、そのトレースが恐ろしく面倒なことになります。
 

MOTHER(1)PCBの回路図です。回路基板を差し込む
コネクタ間で音声信号や制御信号を相互接続するだけです。
別ページの回路図から、コネクタ番号を手掛かりに接続先を
調べ、その都度また別ページにある回路図を確認します。

 

 MOTHER(1)PCBの実体配線図です。録再ヘッド
からのシールドコード端にJ116J216J316J416
各コネクタが実装され、それぞれに2チャンネルずつ信号が
割り当てられています。それらを受ける基板側のソケットは
P116P216P316P416です。消去ヘッドの配線は
J114・J214・J314・J414のコネクタを、基板側P114
P214P314P414が受けます。たったこれだけのことも
回路図と実体配線図を何度も行き来しなければ理解できません。
 

MOTHER(1)PCBは両面にソケットが実装されており、
表側に4枚のレコーディングアンプRec/Play PCB AMP
2枚のノイズリダクション回路DBX PCB、さらにBAL AMP
PCB
METER AMP PCBが各1枚ずつ装着されています。
 

先ほどのMOTHER(1)PCB回路図を辿ると、例えば
P116で受けた録再ヘッドCH1・2からの信号は、基板上で
P104のソケットに配線され、J104コネクタによりRec/
Play PCB AMP
内に取り込まれます(面倒くさいです)。

 

 Rec/Play PCB AMPの実体配線図です。基板1枚に
2チャンネル分が実装されています。基板の上端左右にある
R143R243(REC LEVEL)は、録音時の信号レベル
調整用の半固定抵抗器です。この位置は本体上面奥の
外カバーを外すとアクセス可能なので、オシロスコープ等で
少なくとも信号の有無を確認できるはずですが、ダメです。
 

コンソールのミキシング操作部の内部には、計11枚の
基板が縦方向に並んでいます。上からの8枚はMIXER
INPUT PCBで、8チャンネル分の可変抵抗器やスイッチ
アレイが実装され、それらのシャフトはコンソールパネル上に
取り出され、各々機能的なツマミが取り付けられています。
 

MIXER INPUT PCBの回路図です。先ほどの
BLOCK DIAGRAMによれば、LINE入力はこの
基板内で
EQ(イコライザー)→FADERPAN
ASSIGNを通過するところまでは分かるのですが、
その先で
PGM MASTERというスライド抵抗器を
通り、 Rec/Play PCB AMPに至る経路が理解
できません。やはりブロック図には省略があるようです。

 

MIXER INPUT PCBの実体配線図です。シャフトが
パネル面に突き出る可変抵抗器やスイッチアレイの配置が、
外側ツマミ類の位置と一致していることが分かります

 

ソケット「P103」を介してコンソールの
INPUT FEDERに配線が延びています。
 

音声信号の有無を確認しやすいので
簡易オシロスコープを用意します。

 

103の端子を当たります。
接続されるプラグはJ103です。
 

次にJ103の接続先、INPUT
FEDER
の端子を当たります。

 

オシロスコープに音声波形が綺麗に
表示されます。信号が来ています。
 

INPUT FEDERの中間端子を当たり
ます。操作に従って信号が増減します。

 

 Rec/Play PCB AMP側からの経路追跡が手詰まりに
なってしまったため、MIXER INPUT PCB側から逆方向に
探ることにします。その出力は11ピンの
P104ソケットを
介して
M.BUSS PCBに接続されます。11ピンにはCH1
~CH8、STEREO CONT、L、Rが割り当てられています

 

M.BUSS PCBとは、縦方向に並ぶMIXER
INPUT PCB
を縦貫するバス基板のことです

 

M.BUSS PCBによりMIXER INPUT PCB
8チャンネル分の信号を共有することができます

 

 

 M.BUSS PCBの回路図と実体配線図です。
このバス基板の存在が回路全体の理解を非常に難しく
しています。各回路図のページ間を跨いでいるような
もので、BLOCK DIAGRAM
にも描かれていません。
 

次に、M.BUSS PCB
各端子の信号を確認してみます

 

MIXER INPUT PCBASSIGNスイッチにより信号が
ON・OFFします。ASSIGNの機能が分かってきました。
 

M.BUSS PCBの下部には、さらにBUSS A
PCB
MONITOR PCBの3枚が装着されています。

 

何とか Rec/Play PCB AMPに行き着く経路を把握しな
ければなりません。大規模で複雑な配線が追跡を阻みます。

 

 

 BUSS A PCBの回路図と実体配線図です。BUSS B PCB
非常によく似ており、コンソール上の操作ツマミの配置が同じです。
ODD(奇数チャンネル)側のPGM MASTERが接続され、何故か
M.BUSS PCBCH1~CH8~Rへの接続はありません
 

 

  BUSS B PCBの回路図と実体配線図です。コンソール側の
可変抵抗器10個の配置はと同じですが、回路構成はかなり
異なります。既に述べたように、BLOCK DIAGRAMに明示
されていないため、各々の機能も信号の伝達経路も不明です。
 

 

  BUSS A・B PCBに隣接するMONITOR PCBの回路図と
実体配線図です。METERの切り替え回路などが含まれている
ので、録音信号または再生信号をモニターする回路のようですが。
 

回路図を行ったり来たりするだけの日が何日も続きます。バスを介した
複雑な信号経路に意味不明の用語が加わり、混迷を極めるだけです。
その打開策として、回路基板間の信号の経路を独自に描き出してみる
ことにします。先に、LINE入力が録再ヘッドへ向かう方向(録音時)で
調べます。MIXER INPUTで受けた入力は、M.BUSSを経由して
BUSS Bに至ります。さらにMONITORBALANCE AMPにも
接続され、BUSS Aにはバスではなくケーブル配線で接続されます。
ここまで描き出したところで途切れて(分からなくなって)しまいます。
 

MONITOR SW PCBの回路図です。割と簡単な
回路で、録音再生機能に大きな関与はないでしょう。
 

BALANCE AMP PCBの回路図です。
こちらも大きな影響はないと思われます。
 

INE入力側からの追跡が途中で頓挫してしまったので、次に録再
ヘッド側から経路を描き出してみます。HEAD PCBMOTHER
(1) PCB
で中継されたヘッド信号がREC PLAY PCBに入り
ます。ここまでは冒頭のインスペクションで既に分かっています。
各チャンネルごとREPRO EQ OUTREC EQ INREPRO
OUT
の3本が、同じMOTHER(1)を経由してBUSS Bに至り
ます。この3本が録再音声信号そのもののようです。そして最初の
描き出し結果とBUSS Bが共通していることが分かります。その
回路図を詳しく見ると、M.BUSS経由で送り込まれてきたLINE
入力がバッファアンプで挟まれた
PGM MASTERを通り、DBX
送り出されて録再ヘッドへ到達します。ようやくパズルが解けました。
 

 

 DBX PCBの回路図と実体配線図です。DBX
eciel Epansionの略で、米国dbx社が開発した
ノイズリダクションシステムです。dolbyと並ぶ複雑な
回路(専用LSIではない)で構成されています。デッキ
側コンソールにあるdbxスイッチをOFFにすると、音声
信号は
DBXを回避してMOTHER(1)に戻ります。
 

録再ヘッドからLINE入力に至る長い経路がようやく把握
できました。途方もない時間が費やされています。回路計と
オシロスコープで調べたところ、経路上で明らかに途切れて
いる部分は見つかっていません。そうすると、各回路基板の
コネクタ接続部での導通不良、フェーダーやPANなどに使用
されている可変抵抗器の摺動不良、そして最悪の場合、回路
基板の動作不良・破損が考えられます。これ以上底面側から
アクセスする必要はないので、底面カバーを元に戻します。
 

信号の経路が把握できており、その大部分に問題は
ないので一挙にインスペクションの敷居が低くなります。

 

回路基板のほとんどは、本体奥側の
カバーを開けることで脱着可能です。

 

回路基板を1枚ずつ抜き取り、接点復活剤を
使用してコネクタ部を洗浄・復活します。

 

ケーブルによる配線もコネクタを
洗浄し接触を復活させます。

 

入力フェーダーやマスターフェーダーに使用されている
スライド抵抗器は、軒並み接触不良が進んでいます。

 

徹底的に接点復活を図ります。ASSIGN
REC FUNCTION
もようやく理解できます。

 

主要な回路構成を把握し、基本的な接続に問題がない
ことを確認した上での再動作テストです。VUメーターの
指針が全て動作し、フェーダーやPANの操作に忠実に
反応します。ひたすら接点を洗浄・復活したコネクタ類の
どこかに原因があったのでしょうか。信号経路に問題が
ないのだから、正常に動作するのは当然といえますが。

 

強いて問題を挙げれば、CH2のVUメーターで照明が
点灯していません。それと指針の振れが小さいようです。

 

VUメーターはこのMETER AMP PCBにより駆動
されます。LEDによるピーク表示回路も内蔵します。

 

 

 METER AMP PCBの回路図と実体配線図です。
基板の左端にVUメーターのゲイン調整用の半固定
抵抗器が並び、基板を差し込んだままの状態で外部
からドライバーを差し込み簡単に調整できる構造です。
 

参考までに前回の修理でパワートランジスタ端子の半田付け
不良が発見されたTR PCBの実体配線図です。早くから
回路図を参照できていればもっと手早く作業できていたかと
思いきや、「回路図集」は32ページ、「実体配線図集」が
20ページで合わせて52ページも。その前の「点検・調整編」が
32ページ、「構造・分解編」が13ページあり、合計97ページ
にも及ぶほとんど「専門書」です。これを読んでから作業する
気には、到底なれませんな。実は本機の使用方法を理解
するための取扱説明書は別で、さらに50ページ分あります。
じっくり読む気にはなれず、さりとて読みもせず当てずっぽうな
作業をするのはタダの無謀でしかなく・・。悩ましいところです。

 
参考

メンテナンスマニュアルに収録されている回路図で、
修理過程で紹介・解説されなかったものです。


  REEL SERVO PCB
 


CAPSTAN SERVO PCB
 

CONTROL PCB
 

 BIAS PCB
 

 DEFEAT SW PCB
 

VR PCB
 

 

MOTHER(2) PCB
 

 

  POWER SUPPLY PCB

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