ハイド社製機械式置時計の修理から2年半、秋田にお住いのご年配の方から、同様の
置時計修理のご依頼をいただきました。工房WEBで修理の記事をご覧になったようです。
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時計専門店で既に修理を受けたそうです。が、結果が
思わしくなかったようで、工房に声をかけて下さいました。
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到着した修理品はこの通り、緩衝材を介して
2重の段ボール箱に厳重に梱包されています。
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ご依頼主がどれだけ大切にされて
きたか、手に取るように分かります。
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ドイツ、フランツヘルムレ(FRANZ HERMULE)社製、
木製キャビネットが美しい音叉内蔵の置時計です。
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FRANZ
HERMULE社は、ドイツ南部
ゴスハイムで現在も続く時計メーカーです。
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木製置時計は数十万円、木製掛時計では数百万円もする
高級品です。伝統の機械式ムーブメントも扱っています。
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手前のガラス窓を開けます。ハイド社同様に精緻かつ
優雅にデザインされた文字盤が取り付けられています。
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背面側に回り裏蓋を開けます。隅々まで
丁寧に木材料が加工されています。
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ムーブメントが現れました。ハイド社の
製品とほぼ同様の構造・機構です。
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裏蓋の内側に貼り付けられているプレートは
製品の販売店(Charter House)のようです。
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8本の音叉とハンマーが、切り替えにより
3曲のチャイム音を厳かに奏でます。
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ムーブメントを取り出さないことには、手の
入れようがありません。まず長短針を外します。
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長短針を押さえている
化粧ナットを外します。
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先に長針を抜き取ります。変形
させないよう細心の注意を払います。
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続いて短針を外します。固く嵌まり込んでいる
ので、変形させないよう徐々に引き抜きます。
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再び背面側に回ります。表面に傷を付け
ないよう、フェルトを敷いた上で作業します。
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ムーブメント本体の4隅に取り付けられたステーを
介して、木製キャビネットにネジ固定されています。
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ステー1か所につき3本の木ネジが
使用されています。全て緩めます。
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ハンマーを引っ掛けないよう、注意深くムーブメントを取り出します。
全体的にほとんど汚れもなく、真鍮材が美しい光沢を放っています。
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2年半前、メカニズムの複雑さに圧倒された
ことを思い出します。今回は、そうでもありません。
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メカニズム(機能・性能)が完成域にあることは当然です。
加えて、その精緻なデザインは芸術の域に達しています。
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不具合の原因を探ります。時刻が進んだり遅れたりを
繰り返し、最後は週に50分も遅れるようになったそうです。
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時刻駆動用ゼンマイからテンプまでの歯車は3・4段です。
噛み合わせや軸受の潤滑が及ぼす影響は知れています。
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進み・遅れを繰り返しながらも時を刻み続けているのだから、テンプの動作不良が
主な原因であろうと推測されます。テンプを取り出し点検します。ハイド社製と同じ
「吊りテンプ」方式です。前回はテンプ内の吊りワイヤー(ピアノ線)が切れていました。
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外観的に特に損傷はありません。しかし、
指で触れると全体が油まみれです。
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テンプの動きを改善しようとして注油したのでしょうか。
テンプ周辺への注油は好ましくないと思います。
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油が埃を集積・固着させることで、テンプの動きを阻害する
からです。エタノールを注しながらウェスで拭き取ります。
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吊りワイヤーが通るシャフト(パイプ)の内部が最も
心配です。油が粘性を帯びると深刻な抵抗を生じます。
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シャフト端からエタノールを注ぎ込み、
ストローで軽く息を吹き込んで洗い流します。
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油汚れが落ちてサッパリしました・・、と
眺めていた時、全く別の問題に気付きました。
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テンプの回転シャフト(パイプ)の下端が、下側のフレームに接触しています。
「吊りテンプ」ですからテンプは宙に浮いていなければなりません。宙吊りにする
ことで回転抵抗を限りなくゼロに近づける点が、吊りテンプの画期的アイデアです。
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シャフト下端が明らかにフレームに乗り、金属
材料どうしが擦れ合いながら回っています。
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製造元に問い合わせ高額な補修用交換部品を取り
寄せるべきでしょうが・・、別の方法で「何とか」します。
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元通りテンプを宙吊りにすれば良いわけです。テンプを吊り上げるコイルスプリングが、
金属疲労により僅かに変形(伸長)したのでしょう。従って、中央の折り返し部分に力を加え
上下方向に縮めてやります。極薄のバネ用特殊鋼板は、応力に対する塑性変形域が極めて
狭く、呼吸を止めながらピンセットに加える力を調整します。一瞬の力の入れ過ぎが精密な
スプリングを破損してしまいます。根気よく繰り返し力を加え続けた結果、浮き上がりました。
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ムーブメント本体に戻します。テンプの
回転の仕方が明らかに軽快です。
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時刻駆動用ゼンマイからテンプまで数段分の
歯車軸受部に、ここで最小限の注油をします。
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外観的に他の不具合個所がないので、ここで時刻の校正
作業に入ります。1回あたり1~3日、数回繰り返します。
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景品とはいえクオーツ時計、正確さは機械式の比ではありま
せん。3日前正午に開始した時刻が2時間以上も遅れています。
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この爪を操作することでコイルスプリングを回転させ、
テンプがガンギ車と噛み合う位置を僅かに変えます。
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本体表パネルに「+・-」の刻印があります。爪の
移動方向と時刻の進む・遅れるを表しています。
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爪の位置に調整を加えながら、既に2週間以上
作業を続けてきました。ようやく安定してきました。
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3日と2時間でこの時刻表示です。指針式のアナログ
時計なので、目で読み取れない誤差は許容範囲内です。
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ムーブメントを元に戻します。キャビネットが木材で堅牢に組み立てられているのは、
音叉の音色を美しく奏でるためでもあります。定時の時報が楽しみでもあります。
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キャビネットに収まった状態でも
校正作業を数回実施します。
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あらためてゼンマイを巻き上げ、実際に
室内で使用される状態で様子をみます。
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数日間、音叉の奏でる深いチャイム音を楽しみながら時刻を
確認します。ゼンマイの巻き戻り近くで多少遅れる程度です。
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ご依頼主にお戻しする日が近づいてきました。
最後にキャビネットの外装を簡単に補修します。
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塗装が劣化してきているので、保護用にウッドワックスで全体を磨き
上げます。時々布で拭き上げてもらうと、品の良い輝きが持続します。
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修理作業の完了です。本当に正確な時を刻むか、ご依頼主の元に戻し元の環境下で動作
させてみないと分かりません。コイルスプリングの疲労がスプリング長の変化を生み、宙吊りに
なるはずのテンプシャフト下端がフレームと接触しながら回転していた・・。今回の修理で
工房が把握できた論拠です。視野に入らない奥深い問題が、まだあるのかも知れません。
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