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同期電気時計が再び(2024.10.17)


昭和の頃の古い製品を、本当に大事にお使いの方がいらっしゃる
ものです。外装に木目調をあしらった周波数同期式電気時計です。
少し前に同期電気時計のレトロスペクティブを掲載しましたが、同期
モーターの回転を伝達するギヤ材質が劣化し致命傷となっていま
した。LCD(光造形)方式3Dプリンターのお陰で、ギヤなど樹脂製
部品のほとんどを再生することが可能です。古い製品が新技術に
より蘇るとは愉快なものです。今回も3Dプリンターが活躍します。
 

当時流行のデジタルライクな数字式時刻表示に、
AM・FM2バンドのラジオとアラームを内蔵します。

 

前面にはクリアなアクリル板が嵌め込まれ、
当時としての先進性が醸し出されています。
 

電源周波数に同期するモーターが駆動源なので、
50Hz用と60Hz用2タイプの製品が存在します。

 

ラジオの回路はプリント基板ですが、
まだラグ配線の名残を残しています。
 

背面カバーの内側に回路図が貼り付けられています、
律儀な時代だったものです。ラジオ受信の調子も悪く、
専門のテクニカルパートナーが既に修理済みです。

 

折角ラジオが修復できたのに、
問題は時計が作動しません。

 

時計の駆動源はこの同期モーターです。
こいつが回っていないのが原因です。

 

普通の同期モーターのようですが、実はそうではありません。
細くなった部分がステータ(界磁)に嵌まり込んでいます。

 

ぐるりの巻き締め部を広げると、手前の
プレート(キャップ?)が外れます。
 

キャップに押さえられていた
内部の機構が出てきます。
 

先端にはスリットの入った3枚の
薄い鋼板ディスクが付いています。
 

アルミ製ケースを介してステータの中心に
納まります。ここで界磁を受け回転します。
 

僅かなトルクによる回転は、2枚の
プレートに挟まれた減速ギヤに伝達され、
 

最後は外部に取り出されて歯数12のピニオンを駆動します。
2極の同期モーターは3000rpmくらいなので、大きな減速比を
得るため何段ものギヤが組み合わされています。どこかギヤの
噛み合わせが良くないのだろうと潤滑剤を吹き付けると、何と
回転が復活。・・ですが間もなく止まってしまいます。原因は
初段の極小ピニオン(写真赤矢印)が劣化・崩壊したからです。
 

傾けると内部から壊れたピニオンの破片が
落ちてきます。完全に変質・変色しています。
 

さすがにこのマイクロピニオンは修復の見込みが
なく、元の同期モーターは再利用.を諦めます。
 

モーターから時刻表示円筒までの減速比(回転数)を
調べてみると、毎分1回転する円筒周囲に78歯、隣の
シャフトに26歯で噛み合うピニオン、同軸上で離れた
位置の20歯クラウンギヤが同期モーター終段の12歯
ピニオンと噛み合います。回転数を計算してみます。
 

 
1rpm*78T/26T=3rpm
 

3rpm*20T/12T=5rpm
 

同期モーターは毎分5回転していることになります。
モーター内部での減速比は5/3000で600にも
なります。ここで、完全に壊れてしまった元の同期
モーターの代替方法が思い浮かびます。現在では
毎分数回転~数十回転する同期モーターは簡単に
手に入れることができます。シンクロナスモーター
として、エアコンのルーバー駆動や扇風機の首振り
など、身の回りでいくらでも使われています。
 

Amazonあたりで中国製が
安く大量に販売されています。
 

100V駆動、50Hzで5rpmの製品を選ぶだけです。
ただし、ピニオンを新しく用意しなければなりません。
 

このところ快進撃を続けているLCD(光造形)
3Dプリンターで、今回もあっさりと製作します。
 

購入したシンクロナスモーター、その
シャフトに合わせて造形しています。
 

新しいモーターを組み込むため
アクリル板でマウントを製作します。

 

モーターを固定する側にスペーサを
介してビスを入れておきます。
 

組み込み位置に長いネジでポストを立て
マウントを浮かせるスリーブを通ります。

 

マウントを通します。CADが正確であれば
モーターはぴったりと収まるのですが。
 

ナットを締め込みマウントを
しっかり固定します。

 

新しいモーターを取り付けます。
耳部分の穴に先ほどのネジを通します。
 

3Dプリンター・レーザーカッターの連携で、製品のような
実装状況です。ピニオンギヤの噛み合わせも良好です。

 

電源コードを接続し
時計を動かしてみます。

 

全てのギヤが順調に動作し
時刻が変わり始めます。

 

1分が経過し時刻表示が無事6時
11分に変わりました、ところが・・

 

動作確認のため数時間様子を見ていた
ところ、数十分単位で時刻が進みます。
 

ストップウォッチで1分を計測して
みると、57秒半しかありません。

 

何度計測しても正確に進むので、機構の不具合ではあり
ません。シンクロナスモーターを取り出して確認します。

 

電源周波数同期方式のモーターで、回転数に
狂いがあるわけなどないと思い込んでいましたが・・

 

狂ってました。シンクロナスモーター自体が
1回転あたり58秒弱で(正確に)回っています。

 

中国製シンクナスモーターの、「50/60Hz」、「5~6R/MIN」の
表記は、50Hzで5rpm、60Hzで6rpmの意味ではありません。
50から60Hzの間で、5から6rpmくらい回る、という意味です。
それでシンクロナスかよ、と思いますが、エアコンのルーバーや
扇風機の首振りに使われるのであればそれで十分と言えます。
シンクロナスモーターを交換することに、Amazon経由の中国製
ではなく、お値段が数倍もするNidec(旧日本電産)製です。

 

よもや日の丸国産製品が
いい加減とは思いませんが、

 

念のためストップウォッチで
1回転あたりの秒数を計測します。
 

100V仕様のシンクロナスモーターは
中国製も日本製もかなり発熱します。

 

1回転で60秒25、25は計測誤差です。
さすが日本製・・、でもこれが普通でしょう。

 

モーターの形状が異なるので、各部を
精密に計測しマウントを作り直します。

 

測定誤差やヘマをしたりでなかなか1発では
出来上がりません。現物合わせを繰り返します。

 

形状・サイズを変更したマウントを取り付けます。モーター
固定側のネジにスペーサーを入れているのは、時計本体
固定側ナットとモーターとの干渉を避けるためです。

 

12歯ピニオンギヤも設計し直します。
シャフトの切り欠きにも対応させます。

 

LCD3Dプリンターにより出力、1個だけ作れば
いいのですが、つい数個分をコピーしてしまいます。

 

出力直後のピニオンは、周囲に
多くの突起が残っています。

 

出力時に造形物を支えるサポート材が
残るためで、手作業にて取り除きます。

 

インボリュート曲線が反映された
綺麗な刃先が造形されています。

 

シャフト切り欠き部も綺麗に再現されています。
輪郭が膨らむ傾向があり、空洞部は狭くなりがちです。

 

レジンが硬化する時の膨張傾向は、液温、室温、露光時間、
キュアリングなどによりかなり変化します。シャフトを丁度良く
挿入するには100分の1mmレベルの寸法調整を繰り返す
必要があります。結局のところトライアンドエラーが不可欠です。

 

ピニオンギヤだけ数十本製作して
ようやくモーターの取り付けです。

 

ナット締め込んでぐらつか
ないように固定します。

 

モーターに電源コードを
接続し通電してみます。

 

時刻表示が変わり始めます。モーターの
回転が正確なので今度は狂いません。

 

時計機能が復旧したところで、数字や
アクリルカバーの汚れが目立ちます。

 

もう一度分解し数字が刻まれた
円筒部を取り出します。

 

エタノールで表面をクリーニングします。
黒い煤が結構落ちて数字が白くなります。

 

数字表面を照明するネオン球
ですが、球切れしています。

 

絶縁保護のチューブを切り開くと
電流制限用の抵抗器があります。

 

半田を溶かして切れた
ネオン球を外します。

 

何故か工房にはネオン球の
ストックがあったりします。

 

ネオン球ではロクな照明にならないことは
自明ですが、切れているものは交換します。

 

内部の配線整理も最終段階です。
開けた時よりも美しく・・整えます。

 

ネオン球が点灯し、夜間の暗い
部屋では数字がほんのり浮かびます。

 

前面のアクリルカバーを表裏とも磨き上げたところ、少しですが
新品感を取り戻したようです。ラジオ部を修復したテクニカル
パートナーのA氏は、受信機やオーディオアンプの修理でこの
ところほぼ100%の成功率を誇り絶好調です。長く愛されて
きた様々な製品、復活をご希望でしたら是非守谷工房へ。

 
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