都心を挟んで守谷とは反対側の多摩ニュータウン、広大な丘陵地帯も
住宅地として開発され尽くした感があります。とある団地内の商店街で
特定非営利活動法人が運営するパン屋さん、こちらは就労継続支援
B型事業所すなわち障害等で働くことが困難な方々に就労訓練を行う
ことを目的にする事業所です。その理事長さんから連絡をいただき、
店内でパンを焼き上げるために使用するベーカリーが、突然故障して
しまったとのことです。従業員の方々、就労訓練を受ける方々、毎日
パンを買い求められる地域の方々、その影響ははかり知れません。
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理事長さんはじめ職員の方々が、既に製造元、設置業者、修理業者
など思いつく限りの相談先に連絡し、ことごとく断られてきたそうです。
導入後15年が経過し、製造メーカーの明石機械株式会社は途中で
閉鎖されたようで存在しません。工房WEBにあるベーカリーの修理
記事が最後にヒットし、理事長さん自らメールを送ってこられました。
写真のように上下2段のオーブンで、ある日突然に上段が設定温度
まで上昇しなくなり、当然パンが本来通りに焼き上がらないそうです。
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ベーカリー専門の修理業者くらい、どこかにいそうなもの
ですが・・、いないから工房が出かけていくわけです。
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従業員の方から状況や経緯を詳細にお聞きし、
意を決して内部へアクセスを開始します。
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すぐ隣に発酵器が設置されており、わずかの
隙間から手や工具を入れて作業します。
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右側面パネルのすぐ内側、幸いなことに
本体手前側に制御機器が集中しています。
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申し上げるまでもなく、ベーカリーの修理など専門であるはずがなく、
パンを焼いたこともなく、過去に2件だけ修理を経験しただけです。
パネルを開けてしばらく(1時間ほど)は、内部を眺めるだけです。
「何しに来たんだろう」、従業員の方々はそう思ったに違いありま
せん。面白いもので、30分を過ぎた辺りから何となく回路構成が
見えてきます。熟練作業員によるアートワーク(配線作業)は見事な
もので、合理的に色分けされた配線を丹念に辿ることで、ヒーター
周りの回路図を何とか再現しました。スター結線された上側3本の
ヒーターは3相3線210Vに接続され、下側ヒーターは単相210Vに
接続されます。途中にSSR(ソリッドステートリレー)が割り込む
ことで、熱電対を温度センサーにしてフィードバック制御されます。
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パンが全く焼けないのではなく、焼き上がらないそうです。
故障の仕方が中途半端ですが、逆にヒントのような気もします。
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主電源のスナップスイッチをONにします。3回路の
電磁リレーが作動してシステムに電源を供給します。
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操作パネル上の電源ボタンを押します。
制御系が起動し各種操作が可能になります。
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上下2段のオーブンのうち、不具合のある上側の回路から
点検します。3個のSSRは左2個のLEDが点灯しています。
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上側ヒーターの配線取り出し部分です。左端から
1-2間の電圧を確認すると、200Vほど出ています。
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3本のヒーターはスター結線に間違いないでしょう。
2-3間を確認すると、200Vが確認できます。
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最後に1-3間に回路計を当てると、ここに電圧が加わっていません。
電力の供給配線がどこかで切れているか、悪くするとヒーター断線の
可能性もあります。もしそうだとすると、群馬の山中まで出かけて行った
ベーカリー修理の再来です。今回のベーカリーは群馬よりも大型です。
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ここでベーカリーから少し離れて十分気持ちを落ち着かせ、次に確認
すべきポイントを冷静に判断します。ヒーターへの電力供給配線に
SSRが割り込んでいるのだから、SSRの動作も確認しなければ
なりません。SSRの開閉端子間に回路計を当てて電圧を調べます。
左端最も大型の45A用の両端には200Vが出ており、このSSRは
OFFつまり動作していません。経路から考えてSSR以外に回路の
開放か所は存在せず、そして電源がSSR両端まで到達している
ということは、取りあえずヒーター断線の可能性はなさそうです。
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上側ヒーターを制御するもうひと系統のSSR25Aを調べます。
電圧がかかってない・・動作しています。ヒーターは健在です。
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下側ヒーターに移り制御用のSSR25Aを点検します。
電圧がかかっているのでOFF・・損傷しているようです。
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下側ヒーターの電圧も確認します。
やはり電圧がかかっていません。
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SSRに戻りON・OFFの制御信号を確認します。数Vしか
かかっておらず、制御回路から信号が来ていないようです。
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左端SSR45Aの入力には10数Vがかかっていますが、
端子間がOFFということは、SSR故障の可能性が大です。
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隣のSSR25Aにも10数Vの入力があり
ます。SSRはONなので正常と言えます。
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下段のもうひと組の回路を調べます。左端SSR45Aの
両端に電圧はかかっていません、ONの状態です。
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入力されている制御信号を調べると
10数Vがかかっており正常です。
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隣のSSR25Aも同様に調べます。
両端の電圧は0V、ONになっています。
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制御信号も10数Vで正常です。下段では
パンが問題なく焼けているので当然でしょう。
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下側ヒーターをON・OFFするSSR25Aを調べ
ます。電圧がかかっておらずSSRはONです。
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その制御信号の入力電圧を調べ
ます。10Vをかなり超えています。
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上段オーブンでパンが焼き上がらないのは、
ほぼSSR45Aの故障が原因でしょう。
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SSRの損傷が原因で、かつ同じSSRを入手できると
なれば、このベーカリーは修理可能な範囲に入ってきます。
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ブレーカーを落とし、SSR周りの配線を外します。
15年前の部品が現在でも手に入ると良いのですが。
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SSR群のさらに奥(右側)に金属ケースに収められた
制御回路があり、そこから制御信号が配線されています。
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奥の壁面に厳重な絶縁を介してネジ固定
されています。ドライバーを入れて外します。
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SSR45Aを取り出します。その後方は
大きなヒートシンクで占められています。
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調子の悪い上段から取り外したSSRについて、破損している
ことを断定する方法があります。問題のない下段用のSSRと
交換して上段が復旧すれば、あるいは下段に新たに不具合が
生ずれば、ベーカリーのトラブルは100%SSRの故障が原因
です。実際に作業してみると全くその通りの結果になりました。
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使用されているSSRは、理化工業株式会社製
SSN-45Fです。持ち帰って流通を調べます。
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製造会社のオンラインショップに掲載があります。直接
問い合わせると、在庫なし、納期1年以上との回答です。
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幸いなことにオムロンからほぼ同等の製品が
販売されていることが分かり、即手配をかけます。
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動作の怪しい25A用も念のため確保し、
補修部品を携えて再び現場へ向かいます。
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オムロン製G3PE-245B(45A)です。電力用端子と
制御信号用端子の位置が左右で入れ替わっています。
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元のSSRも新しい部品も、DINレール取り付け用で
共通しており、元の位置に加工なしで固定できます。
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元のネジ穴を再利用してしっかり固定します。
元の配線もそのまま再利用できそうです。
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先に制御信号の配線
のみを接続します。
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ヒーターへつながる電力配線は厳重に絶縁保護し、
まだ端子に接続しない状態で電源を入れてみます。
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SSRの作動を示すLEDが点灯し、
端子間の抵抗が小さくなっています。
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試しに制御系の電源をOFFにすると、
抵抗が無限大となり開放されます。
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主電源を落とした状態で
電力配線を接続します。
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大電流が通過する部分なので
固定ネジに十分トルクをかけます。
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不用意な接触事故を防止するため
端子面に樹脂カバーを被せます。
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通電状態で端子間の電圧を
確認します。0Vを示しています。
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当初は電圧がかかっていなかったヒーターの1-3間に
200V強が確認できます。SSR45Aの故障により3本の
ヒーターのうち1本に全く電力が供給されていなかった
はずです。パンが焼けないのではなく、焼き上がらない
という従業員の方の説明と符合します。SSRの復旧に
より、オーブン内は本来の設定温度まで上昇できます。
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下側ヒーター制御用のSSR25Aも交換します。ただし
大元の制御回路が故障している可能性もありますが、
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インスペクションの段階で制御信号の異常にも気づいて
います。25A用SSRは45A用の半分以下のサイズです。
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SSRの破損か制御回路の不具合か、それとも
それら両方が原因なのか、まだ分かりません。
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いずれにしても上段オーブンの下側ヒーターは
元々機能していなかった可能性があります。
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SSRを新品に交換しておくことで、不具合の
原因からSSRを排除することができます。
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SSRの交換を終えたので、少なくともパンが
焼き上がらなくなる前の状態に戻っています。
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上段オーブンの下側ヒーターが元から機能していなかったとすると、
それでもパンが下段オーブンと同じように焼けていたのは何故か・・、
疑問が残ります。従業員の方と話すうちに察しが付きました。下側
ヒーターの直下では、下段オーブンの上側ヒーターが強烈に発熱
しています。その熱が上段オーブンにも伝わる可能性は十分にあり
ます。上側ヒーターの3本に対して下側は1本なので、元々火力も
小さく、下段から伝わってくる熱量で足りていたのではないかと考え
ます。もしそうだとすると、下側ヒーターが本来通りに機能した場合
パンが焼け過ぎる(焦げる?)心配があります。下側ヒーターをOFF
にしてもよろしいのでは・・と、従業員の方に説明申し上げました。
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SSRの動作を観察していてもう一つ気付いたことがあります。
SSRをON・OFFする制御信号が、一定幅で繰り返すパルス
信号の可能性があります。下段オーブンのSSR確認の際に、
回路計のメーターの振れから感じただけで、オシロを当てた
わけではないので確証はありませんが。上段オーブンには
連続した一定電圧の制御信号が送り込まれています。大元の
制御回路に不具合がある可能性を否定できませんが、その
装置はSSRブロックの右隣りにあり、大型発酵器に挟まれて
とても手の入らないところにあります。重量数百kgの発酵器
またはベーカリー本体を移動せねばならず、対応不能です。
作業を終えた翌日、パン屋さんから嬉しい連絡があり、無事に
パンが焼き上がったそうです。地域の皆さんに美味しいパンを
提供することは元より、就労訓練という社会的使命が果たされる
ためにも、ベーカリーは故障せず働き続けて欲しいものです。
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