ご年配の女性の方から修理のご依頼を受けました。
他界されたご主人の遺品だそうで、このプレーヤーで
生前にどんな音を楽しんでいたのかどうしても聴いて
みたい、と書かれたお手紙が添えられていました。
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手にした第一印象は、一連のSONY製
ウォークマンシリーズとはまるで別物です。
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金属板が精緻に加工された外装から、
ブランド品のような高品質感が伝わります。
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AM・FMラジオを内蔵し、受信周波数
表示器周りの造りも、この精巧さです。
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型番はナショナル製(現パナ)RX-S40、
ネット上に製品情報は見当たりません。
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カセットホルダをスライドさせると、カバーが持ち
上がります。きつくもなくガタもない構造です。
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鈑金加工による箱の造り方に精通した、
かつての熟練技術者による設計でしょう。
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カセットテープをセットし実際に動作させてみます。
内部からモーター音はするのですが、全くテープが
回りません。大方、ゴムベルトが切れているのでしょう。
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ウォークマンでの話ですが、ゴムベルトの交換と
周囲のクリーニング程度で済めば楽勝です。
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外装を固定している精密ネジを電動
ドライバーで順に緩めていきます。
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構造は至ってシンプルで、次に
緩めるべきネジが自然と分かります。
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カセットホルダのカバーが外れます。カバー面
2個のボタンがリール軸を押し込む構造です。
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裏返して底面の外装を固定している精密
ネジを緩めます。ネジ本数が少ない印象です。
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手前側側面を固定しているネジも緩めます。
しかし、ネジを抜いても構造が分離してきません。
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外装の各部材同士、実に精密に組み合っている
ようです。僅かな隙間にスパッジャーを入れると、
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微妙に力を加えたところで、かすかに
カチッと音がして嵌合が外れます。
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内部に精密に造り込まれた絶妙な
嵌合(噛み合い)があるようです。
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いったん嵌合が解除されると、
まるで素直に分離してきます。
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バッテリーホルダ内に、カセットホルダとヘッドブロックの
ロックを連動させるスライダーが組み込まれています。
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スライダーを取り外すと、
底面の外装が分離します。
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外装が取り去られ内部の駆動系ユニットが姿を現します。
外装から受けた印象と同様に、ステンレス薄板が極精密に
加工された美しく見事な構造です。テープ駆動に関係する
各部品も、金属ベース上に堅牢に組み付けられています。
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裏側に回路基板が取り付けられています。薄型の
ガラスエポキシ基板が精密に加工されています。
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回路基板はこのネジ1本で
固定されているだけですが、
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モーターのサーボ回路に電源を接続するため、
2か所でサーボ基板と半田付けされています。
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半田を解除すると回路基板を
分離することができます。
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よく見ると、磁気ヘッドへのフィルム配線が
接続されたままです。ヘッドを外しておきます。
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磁気ヘッドの下に板状のスプリングがセット
されています。アジマス調整位置の維持用です。
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カセットホルダのバックプレートを外します。
美しく加工されたステンレス板です。
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金属製の部品同士で反りや歪みが全く
ありません。驚くべき金属加工技術です。
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バックプレートを外すと、巻き取り側、送り
出し側リールの回転軸周りを確認できます。
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キャプスタンとピンチローラーの配置です。
堅牢製を超えて剛性感のある造りです。
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キャプスタンはカバーで覆われており、
ピンチローラー側に開口部があり接触します。
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そのカバーが金属製メインフレームに
3本のネジで固定されています。
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裏側ではモーターと一体のサーボ回路
基板がネジ2本で固定されています。
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サーボ基板ごとモーターを外します。
ようやく動力伝達系の全貌が見えてきます。
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精巧に造られたブラシレスモーターです。ダイキャスト製の
堅牢なフレームに収められており、長期間安定した回転が
期待できそうです。現時点でも回転は静粛そのものです。
ここまで分解して、駆動系にゴムベルトが見当たりません。
全てギヤにより回転を伝達し、キャプスタンはモーターの
回転シャフト自身、つまりダイレクトドライブ方式です。
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と驚くのも束の間、キャプスタン以外に動力を伝達し回転数を
大きく落とすため、外径が25mm近くある樹脂製の大径ギヤが
組み込まれています。そして、黒色の樹脂材料が経年変化により
収縮し、この通り見事に破断しています。モータから伝達1段目の
致命的な破損であり、モーター音はすれど全く動作しない原因が
はっきりしました。補修部品があるはずもなく、事態は深刻です。
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もし大径ギヤを複製できるなら話は
別です。ギヤを取り出してみます。
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伝達駆動系を覆う金属製サブフレームを
外します。やはり精巧に造り込まれています。
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サブフレーム内側の短いシャフトに支えられて
回転します。長年の汚れが広がっています。
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取り出してみると破断個所は2か所
あります。一部破片が失われています。
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厚さ1mm以下、金属製穴あきディスクが
嵌まり込むよう複雑かつ超精密に造形されています。
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精密金型とインジェクション以外に製造方法がありま
せんが、レーザー加工機で何とかならないでしょうか。
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2021年5月「LASER
VELOCITYの実力」の成果を
試すべき時です。1mm厚のアクリル板から切り出します。
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元のギヤを実測した結果、外径25mm
とはいえ歯数80を刻まなければなりません。
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レーザー出力と加工速度を微妙に調整しながら
試行錯誤を繰り返し数十枚を切り出すことに。
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拡大鏡で歯型を点検すると、潰れていたりバリが
残っていたりで完璧には仕上がりません。
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外観的に満足できるものをディスクに嵌め込んで本体に戻します。
本体に組み込んで動作させてみないと、径の大小、歯車の成型
状態、ディスクへの取り付け方など、細部の状況が分かりません。
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ディスクへは元々嵌め込み式に
より取り付けられています。
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3Dプリンターのように3次元加工ができない
限り、嵌め込み式の再現は不可能です。
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大ギヤの内側をディスクの外径に合わせ
両者を接着により一体化させます。
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ディスクの外周に一定間隔で溝がある
ので、そこに瞬間接着剤を注し入れます。
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光造形方式の3Dプリンターの方が、遥かに精密な
部品を製作できることは分かっているのですが、
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工房の設備としてLCDプリンターの
導入はこの数年間遅れたままです。
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これら写真数枚分の作業を、繰り返すこと数十回。
ギヤを切り直しては本体に組み込みます。
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サブフレームを固定し、モーター基板を
正確な位置にネジ止めします。
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表側でキャプスタンカバーの
根元をネジ3本で固定します。
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動作テストを行う際は、サーボ基板の電源端子に
バッテリーからの配線を直接つないでおきます。
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ブラシレスモーターの回転は静粛そのものです。しかし、大径ギヤの
成型やディスクへの取り付け方が僅かでも狂うと、内部に干渉音が
生じて実用性が損なわれます。数十回の試行錯誤を経て、少しずつ
回転が滑らかになり、テープの再生音はほぼ問題ないレベルに到達
しています。外装カバーを取り付けても、内部から干渉音がかすかに
聞こえますが、レーザー加工で得られる精度の限界かと思われます。
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ピンチローラの表面状態も良好で、テープの送り出しは問題あり
ません。フレーム上のガイドピンなども精密・堅牢で、テープを
安定走行させるために妥協のない機構が考えられています。
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テープの早送りは、巻取り側のリール軸をホルダ
カバーの外から押し込みます。快調に回転します。
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巻き戻しは、送り出し側のリール軸を
押し込みます。こちらも快調に回転します。
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最終的に本体を組み上げ、ホルダのカバーも取り付けます。
外装各部品の精密な嵌合構造にあらためて感心します。
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バッテリーボックス内の金具が脱落している
ことを、ご依頼主より伝えられていました。
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再度分解し、内部で金具を固定し直し
ます。単4乾電池を2本セットします。
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乾電池ホルダーのカバーを
取り付けて作業終了です。
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実際にカセットテープをセットし
最終的に動作確認します。
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後から送って下さいましたが、本機用のヘッドホン
(イヤホン)はプラグが特殊形状のモノラルです。
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再生音は・・悪くありません。やはり年代物ですので、それなりの
再生音といったところでしょう。内部から、おそらく大径ギヤの偏心に
よるもので、僅かに機械音がします。光造形3Dプリンターを一刻も
早く導入し、完成度の高いギヤを自在に製作してみたいものです・・
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申し上げるまでもなく、依頼者のご要望をより完璧にクリア
できるからです。カセットプレーヤと言えばSONY、SONYの
ウォークマンが圧倒的ですが、ナショナル製のこの1台は本気で
ものを造ることの意味を堂々と説明しています。本機を設計し
その製造工程を計画した技術者に大いに敬意を表しつつも、
かつて彼らを擁したナショナルの偉大さを思い知らされます。
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