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逸品ナショナル製カセットプレーヤー(2023.8.10)


ご年配の女性の方から修理のご依頼を受けました。
他界されたご主人の遺品だそうで、このプレーヤーで
生前にどんな音を楽しんでいたのかどうしても聴いて
みたい、と書かれたお手紙が添えられていました。
 

手にした第一印象は、一連のSONY製
ウォークマンシリーズとはまるで別物です。

 

金属板が精緻に加工された外装から、
ブランド品のような高品質感が伝わります。
 

AM・FMラジオを内蔵し、受信周波数
表示器周りの造りも、この精巧さです。
 

型番はナショナル製(現パナ)RX-S40、
ネット上に製品情報は見当たりません。
 

カセットホルダをスライドさせると、カバーが持ち
上がります。きつくもなくガタもない構造です。
 

鈑金加工による箱の造り方に精通した、
かつての熟練技術者による設計でしょう。
 

カセットテープをセットし実際に動作させてみます。
内部からモーター音はするのですが、全くテープが
回りません。大方、ゴムベルトが切れているのでしょう。
 

ウォークマンでの話ですが、ゴムベルトの交換と
周囲のクリーニング程度で済めば楽勝です。
 

外装を固定している精密ネジを電動
ドライバーで順に緩めていきます。
 

構造は至ってシンプルで、次に
緩めるべきネジが自然と分かります。
 

カセットホルダのカバーが外れます。カバー面
2個のボタンがリール軸を押し込む構造です。
 

裏返して底面の外装を固定している精密
ネジを緩めます。ネジ本数が少ない印象です。
 

手前側側面を固定しているネジも緩めます。
しかし、ネジを抜いても構造が分離してきません。
 

外装の各部材同士、実に精密に組み合っている
ようです。僅かな隙間にスパッジャーを入れると、
 

微妙に力を加えたところで、かすかに
カチッと音がして嵌合が外れます。
 

内部に精密に造り込まれた絶妙な
嵌合(噛み合い)があるようです。
 

いったん嵌合が解除されると、
まるで素直に分離してきます。
 

バッテリーホルダ内に、カセットホルダとヘッドブロックの
ロックを連動させるスライダーが組み込まれています。
 

スライダーを取り外すと、
底面の外装が分離します。
 

外装が取り去られ内部の駆動系ユニットが姿を現します。
外装から受けた印象と同様に、ステンレス薄板が極精密に
加工された美しく見事な構造です。テープ駆動に関係する
各部品も、金属ベース上に堅牢に組み付けられています。
 

裏側に回路基板が取り付けられています。薄型の
ガラスエポキシ基板が精密に加工されています

 

回路基板はこのネジ1本で
固定されているだけですが、
 

モーターのサーボ回路に電源を接続するため、
2か所でサーボ基板と半田付けされています。

 

半田を解除すると回路基板を
分離することができます。

 

よく見ると、磁気ヘッドへのフィルム配線が
接続されたままです。ヘッドを外しておきます。
 

磁気ヘッドの下に板状のスプリングがセット
されています。アジマス調整位置の維持用です。
 

カセットホルダのバックプレートを外します。
美しく加工されたステンレス板です。
 

金属製の部品同士で反りや歪みが全く
ありません。驚くべき金属加工技術です。
 

バックプレートを外すと、巻き取り側、送り
出し側リールの回転軸周りを確認できます。
 

キャプスタンとピンチローラーの配置です。
堅牢製を超えて剛性感のある造りです。
 

キャプスタンはカバーで覆われており、
ピンチローラー側に開口部があり接触します。
 

そのカバーが金属製メインフレームに
3本のネジで固定されています。
 

裏側ではモーターと一体のサーボ回路
基板がネジ2本で固定されています。
 

サーボ基板ごとモーターを外します。
ようやく動力伝達系の全貌が見えてきます。
 

精巧に造られたブラシレスモーターです。ダイキャスト製の
堅牢なフレームに収められており、長期間安定した回転が
期待できそうです。現時点でも回転は静粛そのものです。
ここまで分解して、駆動系にゴムベルトが見当たりません。
全てギヤにより回転を伝達し、キャプスタンはモーターの
回転シャフト自身、つまりダイレクトドライブ方式です。
 

と驚くのも束の間、キャプスタン以外に動力を伝達し回転数を
大きく落とすため、外径が25mm近くある樹脂製の大径ギヤが
組み込まれています。そして、黒色の樹脂材料が経年変化により
収縮し、この通り見事に破断しています。モータから伝達1段目の
致命的な破損であり、モーター音はすれど全く動作しない原因が
はっきりしました。補修部品があるはずもなく、事態は深刻です。
 

もし大径ギヤを複製できるなら話は
別です。ギヤを取り出してみます。
 

伝達駆動系を覆う金属製サブフレームを
外します。やはり精巧に造り込まれています。
 

サブフレーム内側の短いシャフトに支えられて
回転します。長年の汚れが広がっています。
 

取り出してみると破断個所は2か所
あります。一部破片が失われています。
 

厚さ1mm以下、金属製穴あきディスクが
嵌まり込むよう複雑かつ超精密に造形されています。
 

精密金型とインジェクション以外に製造方法がありま
せんが、レーザー加工機で何とかならないでしょうか。
 

2021年5月「LASER VELOCITYの実力」の成果を
試すべき時です。1mm厚のアクリル板から切り出します。
 

元のギヤを実測した結果、外径25mm
とはいえ歯数80を刻まなければなりません。
 

レーザー出力と加工速度を微妙に調整しながら
試行錯誤を繰り返し数十枚を切り出すことに。
 

拡大鏡で歯型を点検すると、潰れていたりバリが
残っていたりで完璧には仕上がりません。
 

外観的に満足できるものをディスクに嵌め込んで本体に戻します。
本体に組み込んで動作させてみないと、径の大小、歯車の成型
状態、ディスクへの取り付け方など、細部の状況が分かりません。
 

ディスクへは元々嵌め込み式に
より取り付けられています。
 

3Dプリンターのように3次元加工ができない
限り、嵌め込み式の再現は不可能です。
 

大ギヤの内側をディスクの外径に合わせ
両者を接着により一体化させます。
 

ディスクの外周に一定間隔で溝がある
ので、そこに瞬間接着剤を注し入れます。
 

光造形方式の3Dプリンターの方が、遥かに精密な
部品を製作できることは分かっているのですが、
 

工房の設備としてLCDプリンターの
導入はこの数年間遅れたままです。
 

これら写真数枚分の作業を、繰り返すこと数十回。
ギヤを切り直しては本体に組み込みます。
 

サブフレームを固定し、モーター基板を
正確な位置にネジ止めします。
 

表側でキャプスタンカバーの
根元をネジ3本で固定します。
 

動作テストを行う際は、サーボ基板の電源端子に
バッテリーからの配線を直接つないでおきます。
 

ブラシレスモーターの回転は静粛そのものです。しかし、大径ギヤの
成型やディスクへの取り付け方が僅かでも狂うと、内部に干渉音が
生じて実用性が損なわれます。数十回の試行錯誤を経て、少しずつ
回転が滑らかになり、テープの再生音はほぼ問題ないレベルに到達
しています。外装カバーを取り付けても、内部から干渉音がかすかに
聞こえますが、レーザー加工で得られる精度の限界かと思われます。
 

ピンチローラの表面状態も良好で、テープの送り出しは問題あり
ません。フレーム上のガイドピンなども精密・堅牢で、テープを
安定走行させるために妥協のない機構が考えられています。
 

テープの早送りは、巻取り側のリール軸をホルダ
カバーの外から押し込みます。快調に回転します。
 

巻き戻しは、送り出し側のリール軸を
押し込みます。こちらも快調に回転します。
 

最終的に本体を組み上げ、ホルダのカバーも取り付けます。
外装各部品の精密な嵌合構造にあらためて感心します。
 

バッテリーボックス内の金具が脱落している
ことを、ご依頼主より伝えられていました。
 

再度分解し、内部で金具を固定し直し
ます。単4乾電池を2本セットします。
 

乾電池ホルダーのカバーを
取り付けて作業終了です。
 

実際にカセットテープをセットし
最終的に動作確認します。
 

後から送って下さいましたが、本機用のヘッドホン
(イヤホン)はプラグが特殊形状のモノラルです。
 

再生音は・・悪くありません。やはり年代物ですので、それなりの
再生音といったところでしょう。内部から、おそらく大径ギヤの偏心に
よるもので、僅かに機械音がします。光造形3Dプリンターを一刻も
早く導入し、完成度の高いギヤを自在に製作してみたいものです・・
 

申し上げるまでもなく、依頼者のご要望をより完璧にクリア
できるからです。カセットプレーヤと言えばSONY、SONYの
ウォークマンが圧倒的ですが、ナショナル製のこの1台は本気で
ものを造ることの意味を堂々と説明しています。本機を設計し
その製造工程を計画した技術者に大いに敬意を表しつつも、
かつて彼らを擁したナショナルの偉大さを思い知らされます。

 
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