テープデッキ部の息を吹き返すことに成功したので、次は音声信号の
伝達経路・処理回路の修理に取り掛かります。不具合個所を割り出す
には、先にこの製品の正しい操作方法を理解しておく必要があります。
様々な用途を前提に数多くの機能がテンコ盛り状態に組み込まれ、
最小限の録音・再生機能を確認するにも、遠い道のりを辿らねばなり
ません。しかし、それよりも遥かに辛いことは、苦労して理解した各部
名称や操作方法も、修理を終えた以降何の役にも立たないことです。
自分がこの製品を使用するわけではないので、当たり前ですが・・
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最初に、テープに音声信号を記録
できるか動作確認を進めます。
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背面の「LINE」入力端子に、モノラルのRCA
変換コネクタ付きフォンプラグを差し込みます。
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コンソールパネル上の入力選択をLINEに
切り替えます(そのくらいは分かります)。
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ch1とch2のフェーダーをスライドさせ、適当な
入力レベルにします(これも何とか分かります)。
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ステレオミニプラグ経由でスマートホンの
オーディオ出力を接続してみます。
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マスターのVUメーターが反応します。入力回路を
介して一応内部に取り込まれているようです。 |
ままよ・・と思い、「REC」モードでテープを走行させて
みます。見た目はいかにもレコーディング中ですが・・
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これで音声信号が再生できれば、電気回路は特に問題
ないことになり、記事タイトルに「執念の」は不要でしょう。
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やはりご依頼主の説明通りで、再生などできそうな気配もありません。
テープを巻き戻しヘッドホンを接続して再生するも、音声などまるで
聞こえてきやしません。気は進まないものの、底面側からの配線や
回路基板の点検に備えて、本体を横方向に立てることにします。
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問題は大きく分けて、再生系回路に不具合があるか、
そもそも録音自体ができていないか、のどちらかです。
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ですが、パネル上にこれだけ詰め込まれた操作
ツマミ類を、正しく設定できているのか・・も不明です。
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ネッと上を必死で探し回ると、海外のサイトでTASCAM388(STUDIO8)の
サービスマニュアルが数件見つかります。輸出向け製品に添付された英語版
PDFファイルです。もちろん製造元による公式のものではなく、コアなユーザが
スキャナで取り込みWEBにアップしたものです。光学スキャン時に原稿が大きく
歪んだり、程度の良いものはページが飛んでいたりします。ともあれ、録音時に
必要な操作が記述されたページに辿り着きました。基本トラック(ch1)に録音
するだけで、英文通り23ものステップを正しく操作しなければなりません。
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ステップ1~6はテープデッキの操作で
ステップ7以降がコンソールの操作です。
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ch1とch2にそれぞれステレオ出力のLとRを
接続しているので、PANをL・Rに振り分けます。
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ステップ13のASSIGN、15のPGM MASTER、
16のCUE POSITION・・、何のことか分かりません。
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ステップ15のREC FUNCTIONを押すと、隣の
LEDがブリンクします。が、意味が分かりません。
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「RECORDING THE BASIC TRACKS」の指示に従い
何度も操作しますが、録音・再生される様子がありません。
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実際に不具合があるのか、それとも何か操作を
間違えているのか、区別できないところが苦しい。
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雰囲気として回路に不具合はなさそうに思うのですが、当然何の確証もありません。
まず、基本的な操作を間違えている可能性を排除できるか否か、この英文マニュアル
のみでは無理です。MTRの使用経験がある人にとって当たり前に理解されている
ミキシングやトラックダウンに関する常識的事項までは、このマニュアルに解説されて
いないからです。そうすると、操作間違いも疑いつつも、回路図と照らし合わせながら
信号経路や回路の動作を確認するしかありません。膨大な手間と時間を要しますが、
装置の不具合・操作間違いのどちらであっても見つけることができるでしょう。ただし、
サービスマニュアル内の回路図集は、全52ページにわたる膨大なものです。有難い
ことにその冒頭にBLOCK DIAGRAMがあり、時間を節約しつつ回路の構成全体を
把握するには非常に有効な資料です。それでもこれだけ大規模な展開になりますが。
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MTRの横に回路図を広げるため、
サブの作業台を用意します。
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この方向に立てると、下半分にテープデッキ、
上半分にミキシング回路基板が並びます。
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向かって左側、本体の背面近くは方向を
変えて各レコーディング回路基板が並びます。
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どこから手を付けていいのか分からないながら、
録再ヘッドから出るシールドコードを追います。
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8チャンネルマルチトラックの録再ヘッドが接続されるHead
PCBの
回路図です(図中左側)。ヘッドを出た直後に、小さな中継基板を
介してシールドコードがレコーディングアンプに延びていきます。
録再ヘッドの配線を中継する基板HEAD
CONNECT PCBです(左側)。右側は
デッキを駆動する各モーターや、動作を検知するセンサーへの配線の中継基板です。
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録再ヘッドからのシールドコードが、デッキの
ベースパネルを表側から裏側に抜けてきます。
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8チャンネル分の録再信号用と消去ヘッド用の
シールドコードが、束になり背面方向に延びます。
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シールドコードの束は背面パネルに行き着いたところで上方に
向きを変え、背面パネル内側を伝って延びて行きます。写真
中央を占めている大きな基板は、MOTHER(1)PCBなる
各回路基板を相互に接続するバスの役割を果たします。回路
基板に機能を分散したり、機能ごとにメンテを加えるには非常に
合理的な設計ではあります。しかし、これから追いかけていく
音声信号は、必ずこのバスを経由して回路基板間でやりとり
されるため、そのトレースが恐ろしく面倒なことになります。
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MOTHER(1)PCBの回路図です。回路基板を差し込む
コネクタ間で音声信号や制御信号を相互接続するだけです。
別ページの回路図から、コネクタ番号を手掛かりに接続先を
調べ、その都度また別ページにある回路図を確認します。
MOTHER(1)PCBの実体配線図です。録再ヘッド
からのシールドコード端にJ116・J216・J316・J416の
各コネクタが実装され、それぞれに2チャンネルずつ信号が
割り当てられています。それらを受ける基板側のソケットは
P116・P216・P316・P416です。消去ヘッドの配線は
J114・J214・J314・J414のコネクタを、基板側P114・
P214・P314・P414が受けます。たったこれだけのことも
回路図と実体配線図を何度も行き来しなければ理解できません。
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MOTHER(1)PCBは両面にソケットが実装されており、
表側に4枚のレコーディングアンプRec/Play PCB
AMP、
2枚のノイズリダクション回路DBX
PCB、さらにBAL
AMP
PCBとMETER
AMP PCBが各1枚ずつ装着されています。
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先ほどのMOTHER(1)PCB回路図を辿ると、例えば
P116で受けた録再ヘッドCH1・2からの信号は、基板上で
P104のソケットに配線され、J104コネクタによりRec/
Play PCB AMP内に取り込まれます(面倒くさいです)。
Rec/Play
PCB AMPの実体配線図です。基板1枚に
2チャンネル分が実装されています。基板の上端左右にある
R143・R243(REC LEVEL)は、録音時の信号レベル
調整用の半固定抵抗器です。この位置は本体上面奥の
外カバーを外すとアクセス可能なので、オシロスコープ等で
少なくとも信号の有無を確認できるはずですが、ダメです。
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コンソールのミキシング操作部の内部には、計11枚の
基板が縦方向に並んでいます。上からの8枚はMIXER
INPUT PCBで、8チャンネル分の可変抵抗器やスイッチ
アレイが実装され、それらのシャフトはコンソールパネル上に
取り出され、各々機能的なツマミが取り付けられています。
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MIXER INPUT PCBの回路図です。先ほどの
BLOCK DIAGRAMによれば、LINE入力はこの
基板内でEQ(イコライザー)→FADER→PAN→
ASSIGNを通過するところまでは分かるのですが、
その先でPGM MASTERというスライド抵抗器を
通り、 Rec/Play
PCB AMPに至る経路が理解
できません。やはりブロック図には省略があるようです。
MIXER INPUT PCBの実体配線図です。シャフトが
パネル面に突き出る可変抵抗器やスイッチアレイの配置が、
外側ツマミ類の位置と一致していることが分かります。
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ソケット「P103」を介してコンソールの
INPUT FEDERに配線が延びています。
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音声信号の有無を確認しやすいので
簡易オシロスコープを用意します。
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P103の端子を当たります。
接続されるプラグはJ103です。
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次にJ103の接続先、INPUT
FEDERの端子を当たります。
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オシロスコープに音声波形が綺麗に
表示されます。信号が来ています。
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INPUT FEDERの中間端子を当たり
ます。操作に従って信号が増減します。
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Rec/Play
PCB AMP側からの経路追跡が手詰まりに
なってしまったため、MIXER INPUT PCB側から逆方向に
探ることにします。その出力は11ピンのP104ソケットを
介してM.BUSS PCBに接続されます。11ピンにはCH1
~CH8、STEREO CONT、L、Rが割り当てられています。
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M.BUSS PCBとは、縦方向に並ぶMIXER
INPUT PCBを縦貫するバス基板のことです。
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M.BUSS PCBによりMIXER INPUT PCBは
8チャンネル分の信号を共有することができます。
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M.BUSS
PCBの回路図と実体配線図です。
このバス基板の存在が回路全体の理解を非常に難しく
しています。各回路図のページ間を跨いでいるような
もので、BLOCK DIAGRAMにも描かれていません。
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次に、M.BUSS
PCB
各端子の信号を確認してみます。
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MIXER INPUT PCBのASSIGNスイッチにより信号が
ON・OFFします。ASSIGNの機能が分かってきました。
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M.BUSS PCBの下部には、さらにBUSS
AとB
PCB、MONITOR
PCBの3枚が装着されています。
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何とか Rec/Play
PCB AMPに行き着く経路を把握しな
ければなりません。大規模で複雑な配線が追跡を阻みます。
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BUSS
A PCBの回路図と実体配線図です。BUSS
B PCBと
非常によく似ており、コンソール上の操作ツマミの配置が同じです。
ODD(奇数チャンネル)側のPGM
MASTERが接続され、何故か
M.BUSS PCBのCH1~CH8~Rへの接続はありません。
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BUSS
B PCBの回路図と実体配線図です。コンソール側の
可変抵抗器10個の配置はAと同じですが、回路構成はかなり
異なります。既に述べたように、BLOCK DIAGRAMに明示
されていないため、各々の機能も信号の伝達経路も不明です。
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BUSS
A・B PCBに隣接するMONITOR
PCBの回路図と
実体配線図です。METERの切り替え回路などが含まれている
ので、録音信号または再生信号をモニターする回路のようですが。
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回路図を行ったり来たりするだけの日が何日も続きます。バスを介した
複雑な信号経路に意味不明の用語が加わり、混迷を極めるだけです。
その打開策として、回路基板間の信号の経路を独自に描き出してみる
ことにします。先に、LINE入力が録再ヘッドへ向かう方向(録音時)で
調べます。MIXER INPUTで受けた入力は、M.BUSSを経由して
BUSS Bに至ります。さらにMONITORやBALANCE
AMPにも
接続され、BUSS Aにはバスではなくケーブル配線で接続されます。
ここまで描き出したところで途切れて(分からなくなって)しまいます。
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MONITOR
SW PCBの回路図です。割と簡単な
回路で、録音再生機能に大きな関与はないでしょう。
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BALANCE AMP
PCBの回路図です。
こちらも大きな影響はないと思われます。
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LINE入力側からの追跡が途中で頓挫してしまったので、次に録再
ヘッド側から経路を描き出してみます。HEAD PCBとMOTHER
(1) PCBで中継されたヘッド信号がREC
PLAY PCBに入り
ます。ここまでは冒頭のインスペクションで既に分かっています。
各チャンネルごとREPRO EQ OUT、REC
EQ IN、REPRO
OUTの3本が、同じMOTHER(1)を経由してBUSS
Bに至り
ます。この3本が録再音声信号そのもののようです。そして最初の
描き出し結果とBUSS Bが共通していることが分かります。その
回路図を詳しく見ると、M.BUSS経由で送り込まれてきたLINE
入力がバッファアンプで挟まれたPGM
MASTERを通り、DBXに
送り出されて録再ヘッドへ到達します。ようやくパズルが解けました。
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DBX
PCBの回路図と実体配線図です。DBXは
Decibel
Expansionの略で、米国dbx社が開発した
ノイズリダクションシステムです。dolbyと並ぶ複雑な
回路(専用LSIではない)で構成されています。デッキ
側コンソールにあるdbxスイッチをOFFにすると、音声
信号はDBXを回避してMOTHER(1)に戻ります。
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録再ヘッドからLINE入力に至る長い経路がようやく把握
できました。途方もない時間が費やされています。回路計と
オシロスコープで調べたところ、経路上で明らかに途切れて
いる部分は見つかっていません。そうすると、各回路基板の
コネクタ接続部での導通不良、フェーダーやPANなどに使用
されている可変抵抗器の摺動不良、そして最悪の場合、回路
基板の動作不良・破損が考えられます。これ以上底面側から
アクセスする必要はないので、底面カバーを元に戻します。
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信号の経路が把握できており、その大部分に問題は
ないので一挙にインスペクションの敷居が低くなります。
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回路基板のほとんどは、本体奥側の
カバーを開けることで脱着可能です。
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回路基板を1枚ずつ抜き取り、接点復活剤を
使用してコネクタ部を洗浄・復活します。
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ケーブルによる配線もコネクタを
洗浄し接触を復活させます。
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入力フェーダーやマスターフェーダーに使用されている
スライド抵抗器は、軒並み接触不良が進んでいます。
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徹底的に接点復活を図ります。ASSIGNや
REC FUNCTIONもようやく理解できます。
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主要な回路構成を把握し、基本的な接続に問題がない
ことを確認した上での再動作テストです。VUメーターの
指針が全て動作し、フェーダーやPANの操作に忠実に
反応します。ひたすら接点を洗浄・復活したコネクタ類の
どこかに原因があったのでしょうか。信号経路に問題が
ないのだから、正常に動作するのは当然といえますが。
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強いて問題を挙げれば、CH2のVUメーターで照明が
点灯していません。それと指針の振れが小さいようです。
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VUメーターはこのMETER
AMP PCBにより駆動
されます。LEDによるピーク表示回路も内蔵します。
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METER
AMP PCBの回路図と実体配線図です。
基板の左端にVUメーターのゲイン調整用の半固定
抵抗器が並び、基板を差し込んだままの状態で外部
からドライバーを差し込み簡単に調整できる構造です。
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参考までに前回の修理でパワートランジスタ端子の半田付け
不良が発見されたTR PCBの実体配線図です。早くから
回路図を参照できていればもっと手早く作業できていたかと
思いきや、「回路図集」は32ページ、「実体配線図集」が
20ページで合わせて52ページも。その前の「点検・調整編」が
32ページ、「構造・分解編」が13ページあり、合計97ページ
にも及ぶほとんど「専門書」です。これを読んでから作業する
気には、到底なれませんな。実は本機の使用方法を理解
するための取扱説明書は別で、さらに50ページ分あります。
じっくり読む気にはなれず、さりとて読みもせず当てずっぽうな
作業をするのはタダの無謀でしかなく・・。悩ましいところです。
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参考 |
メンテナンスマニュアルに収録されている回路図で、
修理過程で紹介・解説されなかったものです。
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REEL
SERVO PCB
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CAPSTAN
SERVO PCB
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CONTROL PCB
|
BIAS
PCB
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DEFEAT
SW PCB
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VR PCB
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MOTHER(2) PCB
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POWER
SUPPLY PCB
TASCAM388執念の修理1へ
TASCAM388執念の修理3へ
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